星降る庭で...40



幼い寝顔を眺めながらふうと溜息を落とした。
さらさらと髪を擽る潮風は生まれた時より心地よく何時でも翔雅の側にある当たり前のもの。
母にも父にも似た風と匂いを感じながら腕に抱いた小さな温もりに想いを馳せた。

厄介者で面倒ごとで憎むべき者。それがこの小さな温もりだった。今考えるとあまりにも大人気ない考えだとは思っているが、それでも翔雅にとって翔愛はまだ、心から信じられる者でも無いし、愛綺国はさらに信じられるものでは無い。けれど、無垢で真っ白な翔愛を知れば知る程にその想いは揺らいで、重い気持ちが薄れていった。
初めの出会いが最悪だった所為か、翔愛は翔雅を恐ろしいと思っている節があるが今日はそれも見えず、ただ純粋に笑顔を向けられて、やはり翔雅の中で翔愛に対する感情が少しずつ変わりつつある。
それは、翔雅ばかりでは無く、波打ち際でにやにやしている椛と天丸も同じだろう。
すうすうと眠る翔愛の、風に流されかけるショールを掛け直して、そっと金色の長い髪を梳いた。日の光にきらきらと輝く金色の髪。今は閉じられている深い深い森の色の瞳。同じ色が重なる幸せは、きっともう戻らない。それでも、同じ色でも違う色にまた幸せを感じられる時が来るのでは無いか、ぼんやりと、そう思った。

「と言う訳で、そろそろ帰りますか」

ぼんやりと翔愛を眺めていた翔雅の視界に見慣れた顔がにょきっと出る。思わず顔を引けば嫌な笑顔の天丸がにこりと微笑んでいる。

「何がと言う訳だ」
「姫さん寝ちまったし、今の内に帰ろうぜ。仕事があるんだろーがよ」

むすっとして天丸を睨めば背後から椛の声がする。どうにもこの2人には勝てない翔雅だ。口で反論してもどうせ負ける。むすっとしたままそれでも寝ている翔愛を起こさない様にゆっくりと抱えて立ち上がれば、やっぱり嫌な笑顔がつきまとう。

「お前ら・・・」

怒鳴りたくとも眠る子供を起こしたくは無くて睨むだけにとどまるしかない。それを分かっている2人はにまにましながら手早く片づけて馬車に走っていってしまう。
本当に、勝てない。

「まったく」

それでもあの2人が、いや、城の、国の全ての人間が翔雅を心配しているのだと、翔雅は分かっている。
だからこそ、余計に勝てない部分もあるのだろうが、それもまた心地よく、口では勝てない2人の後を追って翔愛を抱えたまま、ゆっくりと浜辺から城に戻った。
しかし、城に戻った所で翔雅は動きを止める。腕に抱えた軽い身体はとても良く眠ってはいるけれど、手を離したら起きてしまいそうで、何となく離せない。そのままいつも翔愛が居るソファまで連れていってはみたものの、何となく、この翔雅にとっては狭いソファに寝せるのは嫌だった。いや、嫌だと思う気持ちよりも、ただ単に狭そうだと思っただけだったのだが。

「どうなさいました?」

翔雅の後ろについた天丸が首を傾げる。

「いや・・・仕方がないな」

天丸に返事を返しす様に見えて独り言を呟いた翔雅は翔愛を抱えたまま寝室へすたすたと入る。その後を天丸が追いかけるが、その表情は何処か面白そうな笑顔で声こそ出さないがふふふと笑っている。もちろん背後の気配で天丸の妖しい笑みも分かっている翔雅だが、何も言わず寝室にはいると大きな寝台に起こさない様に、そっとそおっと翔愛を下ろして掛布をかけてやった。
安らかに眠る、少し日に焼けて赤くなった頬をそっと撫でて翔雅は後ろを振り返る。予想通りの笑みを浮かべている天丸に呆れた溜息を落とした。

「何が言いたいんだ、お前は」
「いえいえ別に」

言葉に例えるならばぐふふと言った所だろうか。天丸らしくない笑みだが、ある意味とても彼らしい笑みとも言える。

「お前なあ・・・」

こんな時の天丸に何を言っても無駄だと、少なくは無い経験が教えてくれるから、片手でしっしと天丸を追い払う。すると以外にあっさり天丸は身を引いてさっさと寝室から出ていった。

「はいはい。お邪魔ムシは退散します。でもすぐ来ますからイケナイ事しちゃ駄目ですよ〜」

余計な言葉を漏らしていく事も忘れなかったが、とりあえず天丸を追い出したからと翔雅は寝室の扉を閉めた。残るのは翔雅とすやすやと寝息を立てる翔愛だけ。

「・・・不思議だな」

そっと大きな寝台の端に腰掛けた翔雅は苦笑する。見下ろすのは初めての日に無理矢理蹂躙した小さな子供。今はあの時感じた憎しみも何もなく、ただ小さな子供が眠る姿を、可愛いとさえ思ってしまう。
少なくは無い時が翔雅に何かを与えたのだろうか。そっと手を伸ばして赤みの多い頬に触れる。熱を持った頬は指先にも熱を伝える。

「翔愛、お前は何を思う?」

安らかに眠る翔愛を見下ろしながら、翔雅は何時までも幼い寝顔を眺めていた。





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