星降る庭で...34



薄い薄い布はショールと言うものらしい。
薄い紅色に染められて、布の端に綺麗な刺繍のあるそれを頭からかぶせられた翔愛は困惑顔で天丸に手を引かれている。
今歩いているのは王の寝室から城へと続く長い長い迷路の石畳。ひんやりとした石の温度は図らずも翔愛にあの小さな薄暗い部屋を思い出させるが、今はただ困惑の方が強くてロクに考える余裕もない。

いつもの様にソファを寝床とする翔愛が天丸に起こされたのは随分と早い時間だった。
まだ夜も明けない時間で部屋は暗く、それでもにっこりと微笑む天丸に言われるままに着替えさせられて、手を引かれてしまったのだ。
どうやら昨日の話は本当だった様で、まさか本当に外に出られるとは思っても見なかった翔愛はただただ戸惑うだけで、しかもゆっくりと歩く度に足首に付けられた輪っがちくりと小さな痛みを発する。けれど、それは誰にも言えない事だし、元より翔愛は痛みには強い方だから、今は足首の痛みよりも天丸に握られた手の方が、その行き先が気になって仕方がない。

「早い時間ですいませんね。でも夜明けの海もなかなかオツなものですよ。羽胤の海は朝の方が賑やかですからね」

そう言われても翔愛には何と返事を返して良いか分からない。ただ困惑しながら天丸を見上げるとやっぱり笑顔が返ってくる。
本当に、外に出て良いのだろうか。少なくはない不安が沸き上がるけれど、もしそれを口に出して外に出られなくなってしまうのも嫌で、本当に、困惑するしかない。
冷たい石畳をどれくらい歩いただろう。沢山歩く事なんてした事がない翔愛がもう足を動かすのも怠くなってきた頃、ようやく石畳が終わりを告げ、一度しか見た事のない城の内部が見えてきた。
城の内部に入ると、そこは石畳の種類が違い、王の寝室まで続く通路が普通の石だとすれば、城の内部は真っ白い綺麗な石だった。
純白の石に深紅の絨毯。コントラストも鮮やかで、改めてちゃんと見る美しい内部に翔愛は目を見張る。まだ夜が明けていないから城の中は薄暗いけれど、あちこちに灯された洋燈(ランプ)が白い城の中をとても綺麗に見せている。思わず立ち止まってしまった翔愛に天丸は小さく微笑んで握った小さな手を少しだけ持ち上げた。

「翔愛様、これから海に向かいます。翔雅様が馬車でお待ちですよ」
「・・・はい」

どきどきする。天丸の優しい笑顔を見上げて翔愛は緊張のまま固く頷くと、今度は軽い笑い声が聞こえた。これは天丸の声では無い。驚いて声の方を見ればのしのしと歩いてくる椛が見える。その姿を見て苦笑した天丸は空いている手を挙げて手を振った。

「椛殿。おはようございます。準備は出来た様ですね」
「ああ、ばっちりだぜ。姫さんもおはよう。今日はピクニックだ。弁当もあるぞ」

にかっと笑う椛は片手に大きなバスケットを持っている。良い匂いがするから食糧が詰められているのだろう。外でご飯を食べるんだと思う翔愛に反して何故か天丸の機嫌が椛のバスケットを見て下がっている。それは翔愛を握る手の力に現れて、笑顔なのは変わらないのに何となく天丸の空気が冷たくなった。

「どうして椛殿がそれを持っているんです?私が取りに行くはずだったのに」
「細かい事言うなって。ちょっと用があっただけだ。おら、行くぞ」

どうしてバスケットを見て機嫌が悪くなっているんだろう。首を傾げる翔愛に反してさっさと歩いていってしまった椛と、その椛の背中にぶつぶつと愚痴を投げる天丸を見上げると翔愛の視線に気づいた天丸がはっと気を取り直して力強く握ってしまっていた翔愛の手を緩く持ち直してくれた。

「さ、さあ行きましょうか。朝ご飯も海ですからね」

何となく、取り繕う様な言葉だけれども、今ひとつ緊張の取れない翔愛はやっぱり頷く事しか出来なかった。





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