星降る庭で...33



王の部屋は王の部屋だからこそ有る程度の広さを持っている。
よって、部屋の入り口からソファまでは少々の距離があり。

「椛殿、ああ見えてもいろいろ考えてくれてたんですねえ」
「あの馬鹿、勝手に何を吹き込んでいやがるんだか」

しかも入り口が開けっ放しになっているのだから中の声は筒抜けだ。
潮風と共に流れてくる聞き覚えるある声。それは耳に入れると少しばかり痛くて、トレイを抱えたまま不機嫌そうに眉間に皺を寄せる翔雅と苦笑いを浮かべた天丸が思わず足を止めて椛の話を聞いてしまったのだ。心から翔雅を思い、同時に患者である翔愛を思う声に聞き入ってしまった2人は何とも言い難い表情でお互いを見ると、同時に小さな溜息を落とした。

「あんまり心配させちゃ駄目ですよ?翔雅様?」
「煩せぇよ」

そうして、部屋に戻った翔雅と天丸が揃って四人で茶を囲む。
けれど会話しようにも、どうにも椛の話を聞いてしまった翔雅と天丸は居心地が悪く、椛も2人の様子で話を聞かれたのだろうなと思い当たり、やはり気まずい気持ちだ。
翔愛だけが変わる事無い雰囲気だが、椛からの思いもよらぬ言葉にまだ少々ぼうっとなっていて、やはり会話をしようとはしない。何より元々無口な翔愛だから自ら会話に入ろうとはしないのだ。

何とも気まずい空気が流れる。しかし何時までも無言で茶を啜るのもあれだと、天丸と椛がこっそり視線と視線で会話をするのだが、どうにも気軽に出る会話の内容もなく。これは困った。ひっそりと肩を竦めた椛が残り僅かとなった茶を啜ろうとした時、以外にも最初に口を開いたのは翔雅だった。

「外、行かねぇのか」

どかりとソファに沈んだままで声を掛けたのは翔愛に対して。
明らかに翔愛に向いた声に一番驚いたのは翔愛だった。両手で持っていた綺麗な硝子細工の碗を落としそうな程にびくりと身体を震わせて翔雅を見上げた。しかし声は出ない。まじまじと翔雅を見上げてくる翔愛に翔雅も視線を合わせた。

「外、もういいのか?出た事が無いんだろう?」

思いも寄らぬ優しい声。
表情は不機嫌なままなのに、声だけが優しい。

「外は・・・もう、いいです」

初めて聞く労りの声に、しかし翔愛は沈んだ表情をするだけだ。
だって、外は怖い。

「もういいのか?どうしてだ?」

しゅん、と肩を落とす翔愛に軽く首を傾げた翔雅は起き上がって、今度は真っ直ぐに翔愛を見る。
こうして見てみれば隣に座る子供は思っていたよりも小さい身体で、やはり目の前にするとこんな子供相手に、と不思議な事に少々自分が馬鹿らしくなってしまう気がする。だから、思ったよりも優しい声が出たのだろう。

「外は、怖い、です」

切れ切れに漏れる声に少しだけ目を見開いた翔雅は横目で椛と天丸を見る。すると反応したのは椛で肩を大袈裟に竦めると唇だけの動きでざっと状況を知らせてくれた。唇の動きを読むのはこの城に居る、ある程度以上の地位に居る者であれば誰でも出来る事だ。いや、この城だけでは無い。焦臭い国の者であれば恐らくはほとんどの者が出来るだろう。

「出たくはないのか?」

気をつかおうと意識するより早く自分でも驚くほどの優しい声が出た。そんな翔雅の声は翔愛にとっては初めて聞く声で、とても暖かい声に思わず縋る視線を向けてしまう。大きな、同じ色の瞳にうっすらと浮かぶ涙もそのままに見上げた翔雅はやっぱり怖い顔で。でも、優しい声で。

「出たいと、おいます。でも、僕は外に出た事が無いから・・・外の広さが、怖いです」

本当は外に出たいと思う。
あの青空の下を自由に動きたいと願う。
何の制約もない空間はあまりにも広くて、恐怖しか感じられなかったけれど、本当は、出たいのに。

「ならば出ればいい。そうだな、あまり外に出ろとは言えないが多少は良いだろう。明日にでも海に行くか?」
「え?・・・う、み?」

思わず聞き返してしまう。海とは、あの外に広がる海の事だろうか。少ない知識でしか知らないあの海の事だろうか。じっと翔雅を見返したままで惚けていると、あまりにも見つめすぎたのだろう、翔雅が表情を崩して、笑った。

「そんな顔をする事は無いだろう。明日は俺も暇がある。今までの詫びに連れて行ってやる」
「わび?」

何の言葉だろう?翔愛の中には無い言葉で首を傾げると、今度は天丸と椛が声を上げて笑った。それを聞いた翔雅が2人を睨むが、全く効き目が無くて2人はけらけらと笑っている。

そんな中で翔愛だけが分からないと言った表情で、詫びって何だろう。なんてちょっと外れた事を思いながら、けれど翔愛の心は不思議な高揚で鳴った。その高鳴りは初めて聞いた暖かい声によるものか、外に連れて行って貰える事によるものか、それともその他の事によるものなのかは分からないけれど。とくとくと、気持ちの悪さのない高鳴りはうっすらと翔愛の頬を染めていった。





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