星降る庭で...32



きゅっと握った拳が小さく震えて、手の平に落ちた雫の感触に翔愛はようやく自分が泣いているのだと分かった。
ぽろぽろとこぼれる涙は勝手に溢れ出て止まらない。痛くも無いのにどうして涙が出るのか。此処に来てから不思議な涙が流れる様になったなとぼんやりと思えば翔愛の頭を大きな手がくしゃりと撫でてくれた。こんな温もりも此処に来てからのもの。

「泣くなって。外が怖いのならば時期慣れればいい。少し外に出て外を知るべきだ」

優しい声。椛の声は少し低くてしゃがれてる声だ。無骨だと感じるけれど以外に暖かさを含む声が柔らかく翔愛を励ましてくれている。視線を上げて椛を見れば苦笑いの椛が小さな溜息を落としながらも翔愛の正面に膝をついてしゃがんだ。

「お前さんは見た目より聡そうだから正直に言った方がいいだろうな」

併せる視線は薄紅色の鋭い瞳。
真っ直ぐに翔愛を見つめてくる椛は慎重に言葉を選ぶ。

「正直、お前さんの存在はこの国にとっては爆弾になるだろう。この国の王、翔雅にはお前さんによく似た婚約者が居たから余計にだ」

低く、顰められた声。
突然の告白に翔愛は大きな瞳を見開いた。

「しかし婚約者はだいぶ前に亡くなっている。ただ亡くなっただけじゃねぇ、不審の残る亡くなり方だった。だからこそ、翔雅の傷は深い」

翔愛にはあまり難しい言葉は分からない。
けれど椛の真剣な瞳と言葉が事態の大きさと深さを伝えてくれる。

「翔雅はあの人以外に誰も愛さないと、それが皆の見解だし、少なくとも翔雅の傷が癒えるまではそっとしておきたかった。王として伴侶を迎える必要性よりも、この国の人間は王の傷を優先した。それだけ翔雅と言う王が人々に愛されているんだ」

何も言う事も出来ず、ただじっと椛を見つめ続ける翔愛に話は続く。
突然の深い深い告白に、正直ついてはいけないけれど、話の端々から分かるのは、この国でも翔愛を必要とはしていないと言う事。

「まだ翔雅の中に残る傷は深い。誰も触れられぬぐらいにな。だから、お前さんがこの国に来た時は翔雅も荒れていたし、他の人間も荒れていたんだ」

だからと言って翔雅が翔愛にした事は許されるべき事ではない、とも椛は言ってくれたが、翔愛の耳には入らなかった。だって、椛は言った。はっきりとでは無いけれど、翔愛は羽胤には邪魔なのだと。

やっぱり此処でも翔愛は要らないのだ。不思議と確信出来てしまって、訳の無い笑いが漏れそうになってしまう。
けれど話を続けていた椛が翔愛の変化を察したのだろう、ふいに真剣な表情を緩めて大きな手でそっと翔愛の頭を撫でてくれた。

「でもな、お前さんだったら翔雅の傷を癒せるかもしれないって俺は思う」
「・・・え?」

思わず声が出た。
椛の言葉が翔愛には信じられない言葉だったから。

「何も知らないお前さん、翔愛だからこそ、あの頑固者も懐柔できるかもしれないって、思う。だからお前さんはこの国に必要かもしれないって思う。お前さんみたいな存在が居ても良いのだろうと。国と国の意志は置いて置いて、人と人だけを見て、そう思う。今の俺の本音だな」

にかっと笑った椛はもう一度翔愛の頭を撫でて立ち上がった。

「椛、さま?」

信じられない言葉。今、椛は何て言ったのだろう。翔愛を、要らないハズの翔愛を必要かもしれないと、言わなかったか?大きな瞳が零れんばかりに見開かれて椛を一心に見上げる。その瞳は今にも溢れそうな涙で覆われて今にも崩れてしまいそうだ。
信じられないのに、どうせ誰も翔愛の事なんていらないのに。そう思う心よりも椛の言葉に、初めて必要だと言ってくれた言葉に身体が勝手に反応する。小さく震える身体が痛みでも無い、哀しみでも無い何かに震えて、気持ちを整理する前にぽろりと涙が零れた。それは後から後から止めどなく零れて落ちる、感情の涙。

「ど、して・・・」

分からない。椛の言葉も今の涙も。言葉は聞いていたけれど理解出来ず、けれど涙は翔愛の気持ちを代弁するかの様に零れ落ちては頬を濡らす。

「そんなに泣くと日焼け止めが落ちちまうよ。まあ、そーゆー事だからとりあえずあの馬鹿よろしくな。アレで本当は良い奴なんだ」

苦笑した椛が翔愛の頬に柔らかい布をあてて涙を拭ってくれた。突然の、沢山の言葉に全く感情が、心が追いつかないけれど、それでも、不思議と痛くも無く悲しくもない涙を嫌だとは思わなかった。





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