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星降る庭で...31 |
| 「で?機嫌悪くして仕事してるって訳ですか」 溜息混じりの天丸の声は翔雅の執務室に響いて、翔雅本人の睨みによって消えた。 「煩せぇよ。何だその顔は。茶持って行くんだったらさっさといっちまえ」 基本的に翔雅の、王の仕事は時間が定められている物ではない。気まぐれに、と言えば言葉は悪いのだろうがその通りの仕事の時間なのだ。だから翔雅の普段は日中を仕事に費やして、たまに気が向けば剣の稽古もするし外にも出る。しかしここ最近は厄介ごとを抱えた為に少々仕事が遅れがちになっていた。だからと行って苛立ち紛れに仕事をされても部下が可哀想だ。お茶を入れ終えて王の部屋に向かおうとした所で大臣の倫斗に泣き付かれたと思えば機嫌の悪い翔雅が書類を睨みながら執務室に居座っていると言う事態で。何を聞くまでもなくあの子供と何かがあったのだと想像がついてしまうが、それにしたって良い年の大人が・・・とも思わなくもない。 「翔雅様のお茶もあるんです。戻りましょうよ。今仕事したって皆の迷惑ですよ?」 こう言う所はハッキリと言う天丸だ。翔雅の眉間の皺も気にせずに盛大に呆れた仕草を見せれば思った通り盛大な舌打ちが返ってくる。周りでびくびくしている部下達(この場合は主に大臣だ)が気の毒だ。 「翔雅様?大人気無いですよ?」 両手にトレイを持っているので大がかりな呆れた仕草は出来ないからと、翔雅の前に立って顔を近づければむすっとした翔雅がギロリと睨んでくる。 「翔雅様?」 しかし天丸だって負けてはいない。同じ強さで見返せばややあって、バツの悪い表情に変わった翔雅が視線を逸らして席を立った。 「お前の言う事は分からん。どうしてアレの肩を持つんだ」 少しばかり拗ねた言葉。まるで子供の言葉だと天丸は表情を和らげて少しばかり背の高い翔雅を見上げる。 「だって見るからに子供の方が立場が弱いでしょう?翔雅様は良い大人なんですからね」 にっこりと微笑めば翔雅が苦虫を噛み潰した様な表情で天丸からトレイを奪う。王の癖にこういう気遣いは誰よりも自然に行う翔雅だ。力の有る方が荷物を持つ、と言うのが当たり前になっている。王らしく無い仕草だが、だからこそ翔雅なのだと天丸は微笑んで礼を言うと翔雅の後に続いて歩き出した。向かう先は逃げ出した王の部屋だ。王にトレイを運ばせながら天丸は少しばかり背伸びして翔雅の耳元に小さな声を囁く。 「そうそう。あの子の調べ終わりました。・・・って言いますか、終わってたんですがちょっと見せるのどうかと思ったんですよね。でもまあ今のままよりは見た方が良いでしょうね」 現状を思えば調べ上げた全てを翔雅に知らせた方があの子供には良い方向に動くだろう。しかし翔雅の傷を思ってとっくに調べ上げた事実を言えないでいた。情に引き込んであの子供を受け入れるか、排除するか。そこには情以外にも国と国との事情もある。最終的な決定権は翔雅の手にあるが、天丸の内には今でも翔雅の深い深い傷があって、複雑だがもうこれ以上黙っている事も出来ないだろうと口を開く。 「別に詳しくはいらん。黒か白か、どっちだった?」 「白、でした。ハッキリ、きっぱりと、白でした」 「何だその言い方は」 「だから詳しい書類を見て下さいってば」 「いらん。だいたい黒でも白でもアレを返す事には変わりないだろうが」 翔雅の返答はそっけない。努めてそうした返答をしているのが分かるからこそ天丸は苦笑してしまう。歩く速度を緩める事無く天丸は小さな声で話を続ける。 「まあそうなんでしょうが・・・ちょっと問題があるんですよね。あの子、返すって言っても愛綺国に返せないって言いいますか・・・受け取ってはくれないでしょうねぇ」 「俺に関係ないだろうが」 「まあそうなんですがね。だってあの子可愛くないですか?」 「だったらお前にやる」 「いりません。僕の愛しい人を知っていてそう言う事言います?だいたい可愛いとは思いますが好みじゃありません。そんなの一番良く知ってるくせに」 「・・・だから俺に押しつけるのか?」 「だーかーら・・・まあいいでしょう。簡単に言えばあの子、つい最近まで幽閉されてたんですよね」 そうして小声で語られたのは翔愛の本当の、事。 生まれてすぐに薄暗い部屋の中に幽閉された哀れな子供の真実。つらつらと語る天丸の言葉に澱みは無い。歩きながらひとしきり話し終えて、無言で聞いていた翔雅に視線を向けた。王の衣をふわりと流しながら歩く翔雅に表情の変化は無い。それを見つめながら最後に少しだけ表情を崩した。 「だから、このまま翔雅様色に染めちゃえばいいじゃないですか」 冗談めかして言った言葉の半分は天丸の本当だ。何時までも前に進めない翔雅に対するほんの少しの気遣い。傷の深さを知っているからこそ、大手を振って進められない話だけれども、少しでも前に進んで欲しい為の、友に対する後押し。しかし天丸の言葉に翔雅は眉間に深い皺を刻むと足を止めて天丸を睨み付けた。 「・・・染めた所でもう、戻らん」 深い深い森の色が天丸を刺す。そのあまりの声の重さに一瞬目を見開いた天丸は、一言だけ告げてまた歩き出した翔雅の背中を彼らしくない哀しみの表情で見つめた。 |
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