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星降る庭で...29 |
| 不思議な気持ちだった。 悲しくも無く、痛くも無く、ただ溢れる涙を抑える事が出来ない。 いや、翔愛には涙を抑えると言う事事態が分からないのだ。 何時も一人だった翔愛に泣くなと言ってくれる人は居なかった。 何より、流す涙の全てが生理的な痛みや辛さの物だった。だから、今の涙は翔愛にとっては初めての、感情から流れる涙なのかもしれない。ただ、その気持ちは翔愛には全く説明できないけれど。それでも、初めての痛みでは無い涙なのだろう。 痛くない。悲しくもない。不思議な気持ちでぱたぱたと落ちる涙をぼんやりと眺めている翔愛に翔雅は翔愛を抱えたままテラスの大きな椅子に腰掛けた。椅子は大理石で出来ていて翔雅が腰掛けてもびくともしない。その膝の上に翔愛が乗ったままでもびくりとも動かない立派な椅子だ。 椛が驚いた顔で翔愛と翔雅を見ている。何に対して驚いているかなんて翔愛には分からないけれど、椛の視線も優しい色をしていて、不思議だった。 「椛、タオルか何か冷やしてこい」 「おう」 ぱたぱたと涙が落ちるまま翔愛は不思議そうに軽く首を傾げて翔雅を見る。翔雅は特に視線を合わせる事は無いけれど、感じられる雰囲気は怖いものではなく、何処か落ち着ける暖かいもの。 何で怖くないんだろう?ますます分からなくなる翔愛に翔雅は大きな手でもって翔愛の小さな頬をぐいぐいと拭ってくれた。 「不思議そうな顔してるな。泣いているのに分からないって顔だな、そりゃ」 翔雅の力は強くて拭われるままに翔愛の顔が動いてしまう。それを面白そうに眺める翔雅は笑みを含んだ表情で直ぐに戻ってきた椛から冷たいタオルを受け取った。 「ほら、取り敢えず泣きやめ」 翔雅が冷たいタオルで翔愛の小さな顔をぐいぐいと拭いてくれた。もちろん力が強くて今度は身体ごとぐらぐらしてしまう。慌てて翔雅の服を掴んで身体を支えた。そうすると椛の笑う声が聞こえる。 「おいおい。それじゃぁ姫さんが可哀想だ。もっと優しく拭いてやれって」 「ん?あ、ああ。そうか」 椛の言葉でようやく力が強すぎると分かったらしい。翔雅がやっとタオルを顔から離して、今度はそっと顔を拭いてくれた。けれど、もう翔愛の顔に涙は残っていない。さっきのぐらぐらに驚いて涙が止まっていたのだ。それでも翔雅は冷たいタオルで翔愛の頬を優しく拭いてくれた。 「あ、あの」 もう大丈夫です。涙は止まりました。そう言いたいけれど元から喋ると言う事が苦手な翔愛にはすらすらと言葉を紡ぐ事が出来ない。もごもごとしている間にすっかり顔中が拭かれてしまって、翔愛が止める前に椛にタオルが返されていた。 「止まったな。でも頬は赤いな。日焼けしてるのか?」 「ひや、け?」 そう言えばさっきも椛に言われた。けれど翔愛には日焼けなんてものは分からない。さらりと金色の髪を揺らせると翔雅の瞳の、深い森の色の瞳の中に何か違う色が灯った。 「顔が赤い。ひりひりするだろう?」 しかし翔雅は苦笑したまま翔愛の頬を大きな手でさすった。そうすると、翔雅の言う通り少しだけ、痛い。 「ちょっとだけ、いたい、です」 「それが日焼けだ。椛、薬塗ってやれ」 「あいよ。ってか、そのままだったらお前が塗ってやればいいじゃねぇか」 椛の態度は王に対する態度では無い。けれど普段の翔雅と椛の関係だからどちらも全く気にしないし、当然、翔愛も王に対する態度と言うものが分かっていないから、ただ翔雅と椛を交互に見て、首を傾げるだけだ。 「・・・俺がそんな事をする訳が無いだろう」 何を話しているんだろう。翔雅と椛の会話に首を傾げるだけだった翔愛だが、ちらりと翔愛を見た翔雅が瞬時に空気を冷やした事に気づいて、小さく肩を震わせた。 さっきまで怖くなかったのに、今は怖い。 どうして? そう問いたいのに、問えない。翔愛には人に疑問をぶつけるなんて事はした事が無いから、出来ない。 ただ翔雅の服をぎゅっと掴む事しか出来ないでいると、翔雅は何も言わずに翔愛を抱えたまま立ち上がって、驚いている翔愛をそのまま椛に渡してしまった。 「しゅうが、さま?」 思わず声が出る。しかし、返されたのは、あの初めて翔雅に出会った時と同じ、冷たい冷たい森の色。 「仕事をしてくる。椛、後は任せたぞ」 一瞬だけ翔愛を睨んだ翔雅は椛に一言だけ告げると足音高く行ってしまった。あまりにも早く変わってしまった翔雅の雰囲気に翔愛はただ驚くだけだ。さっきまで暖かかったのに、今は冷たくて、寒くなってしまって。 「ごめんな。姫さん」 どうしてだか、何一つ分からない翔愛に、椛が苦い笑みを浮かべながら翔愛の頭を撫でてくれた。 |
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