夜の街の魔法使い・星を掴む人 48



ラジェルもこの街に詳しいけど、当然ながらプープーヤの方がもっと知っている。条件が良くて怪しい物件は詳しい人に聞くのが一番だ。既に馴染みになりつつあるエクエクへ行けばハーティンもいた。軽く話をすれば面白そうだから見に行きながら説明してくれるとの事だ。
うぞうぞと不気味に動くプープーヤはハーティンが抱えてくれて、四人で街に繰り出す事になった。エクエクからは歩いて30分程らしい。プープーヤがハーティンに抱えられていれば当然ながら街の人や怪しげな魔導師達からの視線が痛いけど、ラジェルも一緒だからさらに痛い。可愛らしいハーティンを含めて目立つ面々だ。もう気にしないけど。
「その家と言うか、屋敷じゃったかのう。この街は魔法で出来ていると言っても良いのじゃが、その魔法も一枚ではない。幾重にも重ねた結果が夜の街なのじゃ。して、当然ながら魔法を重ねれば切れ目が出来てしまう。その切れ目にあたるのが魔法の発動しない区画じゃよ」
「はー、なる程なあ。確かに切れ目もあるよな、こんなにでかい街だし。でもプープーヤ様が知ってるって事は結構有名なのか?」
「いいや、我らは感じられるから知っておるだけじゃよ」
「でも屋敷は建ってるんだ」
「そうじゃのう。詳しくは知らぬよ。変わり者がおったんじゃろう。ユティの様にな」
「はいはい、俺は変わり者ですよー、だ」
気持良い夜風を感じながらプープーヤに若干馬鹿にされつつ話を聞いて、問題の区画に到着した。魔道区は文字通り魔道に関する店が多い区画で、他にも同じ区画はあるが、この北側が工房区と並んで夜の街の最大規模との事だ。そんな魔法で溢れる区画の中心地に、ぽっかりと魔力のない土地がある。夜空の下に唐突にあらわれる、魔力の感じられない空間は生い茂った木に囲まれていた。小さな森みたいだ。
「おお、街の中に森がある。すげえな」
不動産屋から借りている書類を見れば森は魔力のない区画を囲っているらしい。見上げつつ中に入ろうとすれば服の裾を二本の手に止められた。
「僕、ここ、キライ。魔法使えない所なんて止めようよユティ、怖いよ」
「ハーティンに賛成。不便過ぎる。何より防犯だって危ないじゃないか。魔法が使えないでどうやって守るんだよ。魔物だって出るんだぞ」
嫌そうな顔をしたハーティンとラジェルだ。じっとユティを見つめる二人の視線は本当に嫌そうで思わず笑ってしまう。魔法が使えないだけでこんなに嫌がるなんて、だ。
「笑い事じゃないぞユティ。夜の街は魔法あってこそ、全てが魔法で動いてるんだ。魔法がなけりゃ俺らは丸裸なんだぞ」
「それはラジェル達がだろ。俺は不便を感じないし怖くもない。そもそも魔力を感じないから俺にとっては過ごしやすい」
そもそもユティは魔法をあまり使わないのが普通だ。そんなに嫌がる事はないだろうと思うのにハーティンもラジェルも裾を離してくれない。一人で行っても良いけど二人を振り切れず困ってしまう。仕方がないので駄目元でプープーヤに助けを求めてみればうぞうぞと不気味に動いてハーティンの腕の中からぷかりと浮かんだ。
「防犯と言うならこの森は普通に魔法が使えるぞ。切れ目は建物のある敷地だけじゃ。ユティなら何とでもなろう」
「だな。プープーヤ様は魔法が使えなくても嫌だって言わないんだな」
「不便ではあるが止めはせぬよ。最もハーティンやラジェルの様な人間は近づきたくもないじゃろうなあ」
そんなに嫌なのか。まだ裾を掴んでいる二人を見れば、うん、嫌そうだった。そうか、魔法が発動しないと言う事はこの二人にとってはラジェルの言う通り丸裸な気持になるんだろう。
「どうしても嫌なら俺だけで見に行くけど?」
こんなに嫌がるのならば無理強いはしたくないなと思って気を遣ったのに間違えたらしい。裾だけを握っていた二人の手が両腕にかかってしまった。仕方がない。こうなったら頑張って二人を引きずって行くか、と足を踏み出せば文句を言いながらも何とかついてきてくれるみたいだ。そんなに嫌なら一緒に行かなくても、は駄目か。ふわふわと浮かんでいるプープーヤに助けを求めてはみるけど効き目はなくて、森の中心に向かうにつれてぬたぬたのモップが下降してくる。
「本当に魔法が発動しないんだな。ん?プープーヤ様が浮かんでるのって魔法だったのか」
「そうじゃ。ラジェル、頭を借りるぞ」
「ええ、うわ、ぬたぬたする・・・なんか空気も変だし、魔力を感じないし・・・」
「身体も変な感じだよラジェル」
とうとう魔法が発動しなくなってプープーヤがぺちょりとラジェルの頭に降りた。あの浮かんで移動していたのは魔法だったのか。ラジェルとハーティンが落ち着かなそうに掴んでいたユティの両腕にしがみついてくる。ユティは何も感じないけど確かに魔法は発動しないみたいだ。
「いや。ハーティンはともかくラジェルは平気だろ。その剣は飾り物か」
「上級なんだから剣も強いぜ!ただ、やっぱり怖い・・・」
飾り物だったみたいだ。こんなにも魔法が使えないと言う状況を怖がるなんて思ってもみなかったから両腕にユティより何倍も強い二人をぶら下げて困ってしまう。まだ建物も見ていないのに。森の中を歩きながらユティだけが元気に歩いて、プープーヤまでもがラジェルの頭の上で物言わぬモップになっている。魔法が発動しないとプープーヤもただのモップになってしまうのだろうか。それも困る。
「何を失礼な事を考えているのじゃ。魔法が発動しなくとも魔力があれば我ら精霊に不便はない。だがこの地には魔力もないのじゃ」
「そう言えばそうだった。なる程、不便なんだなあ。俺はそんなに魔法を使わないし不便なんて思った事もなかったけど。お、森を抜けたぞ。ほら、建物が見えてき・・・うわあ」
ようやく森を抜けてみれば結構な広さの、今は荒れ放題になっている庭らしき土地があって、その中心に建物が見えた。数百年前に建てられたと言う石造りの家は書類に書いてあるよりも立派で大きくて、思わず価格を見直してしまう。だって、書類に書かれている金額じゃあ小さな小屋くらいしか買えないのだ。なのに、目の前にある建物は平屋ではあるけれど部屋数が多そうで造りもしっかりしていて直ぐにでも使えそうで。ぴたりと足を止めたユティに両腕にぶら下がっていたラジェルとハーティンも書類を覗いて、建物を見て、また書類を見る。
「ねえユティ、魔法が使えないよりもその金額に不安を覚えるよ。あの建物そのものも曰く付きなんじゃないのかなあ」
「いや、一度解体して新築にしろって事じゃないのか、その金額だと。その前に、あの建物の中に入りたくないぞ俺は」
「僕も怖いから嫌だなあ。絶対何か出てきそうだもん」
いくら魔法が発動しないからと言っても安すぎる。流石にユティも戸惑うけど、ここまで来て確認しないで帰るのは嫌だ。何よりキッチンと暖炉がある。火が使えるのだ。
「俺も怖いけど、怖さより普通に火を使える欲望が勝つ。行くぞ!」
「ええ~、嫌だよう。プープーヤ様も止めようよ~」
「私は別に怖くなどないから知らん。ラジェル、まさか第一師団の上級魔法騎士が曰く付きの建物を怖がるなどとは言わぬよな?」
「言う!俺恐がりだし魔法使えないなら一般人だし!そもそも魔物専門だし!」
「だから腰にある剣は何の為にあるんだっての。あ、でも相手が不透明だったりしたら剣じゃ意味ないか・・・」
「ちょっとユティ追い打ちするなよ!余計に怖いだろ!」
そんなに怖がらなくても半透明だったら攻撃されないからいいじゃないか、とユティは思うのだけれども、ラジェルとハーティンは違うらしい。二人とも強いのに恐がりだなと妙な所に感心しつつ引き続き両腕に抱きつかれたまま問題の建物に向かってずるずると歩いていく。


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