夜の街の魔法使い・星を掴む人 49



建物はプープーヤの言う通りの屋敷だった。煉瓦造りで立派で、かなり広い平屋だ。荒れ放題になっている庭もセットで、ヘドロの詰まった池らしきものも見える。これはユティでもちょっと怖い。屋敷そのものは石造りできっと誰も訪れないのだろう。荒らされていない代わりに当然ながら手入れはされていない。
「なる程なあ、星空にこの屋敷じゃあ曰く付きにもなるよな。魔法が使えないんじゃ中も見えないって訳か」
「ユティ、も、もう帰ろうぜ。何か出て来るかもしれないじゃないか」
「そ、そうだよ、真っ暗だし明かりもないんだよ?」
「お前らは恐がり過ぎだっての。そもそも魔法が使えないんじゃ荒れてるだけで何もないだろ。しかしこう言う時は夜空が面倒だな。普通なら太陽の光で何とかなるしなあ」
夜しかないと言う事は青空に大陽の光もないから、こう言う時に不便だ。さてどうするかと両腕に恐がりの二人をくっつけたまま悩んでいればラジェルの頭上からプープーヤの呆れた声が落ちてくる。
「それ故の夜の街じゃな。一応言っておくが中は何もないぞ。もちろん生き物もおらん」
「プープーヤ様には見えてるのか?」
「私を何だと思っているのじゃ。暗闇こそ我が領域ぞ」
「それもそうか。じゃあ建物が丈夫そうかどうかは分かるか?」
「それは外観で分かるだろうて」
「だな。よし、じゃあここでいいか」
別に建物の中を詳しく見る必要はない。どうせ住む時には新しくするし、庭だって同じだ。魔法が発動しない不便さはあるけど、念願の暖炉やキッチン、それに風呂だってちゃんと火を使えるのだ。あっさりと買い取ろうと決めれば両腕に貼りついたままの二人から悲鳴が出る。お前らの家じゃない。
「だってこんな不便で暗いし怖いのに!」
「そりゃあ手入れしてないからだろ。手入れすれば怖いのはなくなるし、そもそもこの街はどこでも暗いじゃないかハーティン」
「そ、そうだけど・・・」
「俺も反対!こんな不便な所じゃユティが心配だ」
「俺は不便じゃないし外の森ごと結界魔法でくるめば問題ないだろ」
「そ、それもそうだけっ、でも!」
ラジェルも思い切り反対したいけどユティが不安も不便も感じていないのが分かっているから文句を言い切れない。それだけ分かっているなら協力してくれればいいのに。ちらりとラジェルの頭の上にいるプープーヤを見れば顔のないモップが笑っている気がする。
「お買い得だし地理的には便利そうだし、何よりも俺は火を使って料理をしたいし風呂にも入りたいんだ。ラジェル、俺の手料理で良けりゃあ振る舞うぞ。暖炉で煮込んだシチューとか、美味いぞ?」
「う、そ、それは・・・お、美味しそう・・・だけど」
「ハーティン、甘いの好きだったよな。炭火のオーブンで作る菓子は美味いぞ。まあ、俺はあまり作らないけど出来ない訳じゃない。久しぶりにケーキでも焼こうかな」
「う、ひ、酷いよユティ、美味しそうなもので釣るなんて・・・でもユティの作るケーキに興味あるし・・・」
火を使って料理をすれば自然の味を感じられるしきっと美味しいはずだ。これは感覚の問題だからきっと味には影響ないのだろうけど、煮込んだシチューも炭火のケーキも美味いのは事実である。食べ物で二人を釣れば案外簡単にぐらつくから直ぐに決められそうだ。
そうと決まれば、さっさと不動産屋に戻って契約して、屋敷と庭の直しを発注するだけだ。細かくは見ていないけど、あの荒れようなら全てを直してしまえば良いし、魔法が発動しないのならこの街の人間は近寄りもしないから防犯面でも良物件だ。ラジェルとハーティンはまだぶつぶつ言っているけど住むのはユティだから好きに言わせておけばいい。
ようやくこの街の住処が見つかったと一人ご機嫌なユティだけど、戻った不動産屋ではこの街ならではの現実が待ち構えていた。
「え?直しに半年もかかるのか?」
「魔法が発動しないので全て人の手で行わなければならないのですよ。料金も嵩みますし、だからこその売値だったのですが」
「あー、それもそうか。だから安かったし、魔法を使わないで直すなんてこの街じゃなさそうだしなあ」
「半年でも早い方だと言っておきますよ。あの区画は魔法が発動しないけれど政府に認定された重要な土地でもあるのです。恐らく補助金らしき物も出ると思いますし、人も借りられると思います」
「まじか」
そうか、魔法の発動しない、切れ目の土地だから政府側でも重要視はしているのだろう。ちらりとラジェルを見れば首を傾げているから関わり合いのない部署だとは思うけど。なる程なあと不動産屋の出してきた見積もりを眺めつつ半年もあのホテルはちょっと、と思っていれば一緒について来たプープーヤがラジェルの頭の上でもぞりと動く。
「この街が出来た時からの切れ目じゃ、把握しているのは当然じゃろうて。どうせなら王宮に人を借りれば良いだろう。ユティなら喜んで貸してくれるのではないか?」
「借りられるかもだけど俺がお願いするのってあの人じゃんか。ラジェルも知らないみたいだし管轄違いだろ。それに怖いし。つーかプープーヤ様、ラジェルの頭が気に入ったのか?」
「視線が高いのは良いの。ハーティンが店に戻ってしまったからこれで我慢しておるのだ」
「俺はすげえ微妙な気持だよ、プープーヤ様。まあユティがお願いすれば喜んで出て来そうだけどな、あの人」
「絶対に言うなよ。心の準備が必要になるんだからな」
「俺だって怖いら言わないよ。プープーヤ様、そろそろ重いんだけど」
「やかましい」
いつも抱えてくれるハーティンは店があるからと先に戻っていて、ラジェルと、その頭の上にいるプープーヤで店中の視線を二人占めだ。お陰でユティが妙な物件を買う相談は誰にも知られていない様で有り難くはある。ラジェルとプープーヤを盾にさっさと決めてしまおうと店員と相談を重ねるけど、プープーヤを前にたじろがないのだから大した人だ。
「そんじゃあ仮契約で、決まったら本契約するかどうかで良いか?」
「構いませんよ。結構な大仕事になりそうですし、そうですね、一週間もあれば全て決まりますので、その頃に来て頂ければ」
「さんきゅ。一週間後だな。楽しみにしてる」
「やっぱりあそこに決めちゃうんだなユティ。はぁ、魔法が発動しないのにさあ」
「発動しないのが良いんだろ。ほら、決めたんだからさっさと帰ろうぜ。プープーヤ様もありがとな。ハーティンに礼を言って置いてくれ。後で行くと思うけど」
「ああ、伝えておこう。私も楽しみにしておるぞ。中々に面白そうじゃ」
プープーヤは最初から反対ではなくて、どちらかと言えば賛成の方だ。自身が神格付きの精霊なのに魔法が発動しないと移動も面倒そうなのに面白いのか。流石に格が違うなあと感心しつつ、引き続きラジェルの頭の上でうぞうぞしているプープーヤに笑って、滞在している宿に戻った。


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