夜の街の魔法使い・星を掴む人 26



宿に戻って、折角の広い部屋からとリビングで作業することにした。
大きなテーブルの上にあった花瓶やら何やらを全て降ろして、荷物からいつも使っている絹糸を取り出す。
「糸?」
「そう、絹糸。俺は絹糸を使うけど、違うのでもできるぞ。俺は絹糸が使いやすいし手に入りやすいからもっぱらこれだけど」
輪になった絹糸は高くもなく安くもなく、な品だ。その辺の市場で普通に売っているから一番使いやすい。
糸をテーブルの上において、端っこを取り出す。ほろ酔いのラジェルが真剣に見つめる中で取り出した端っこを摘んで、動かす。
「これから星網を作るけど、星を絡め取る時と同じ感じに詠唱するから話しかけても返事はできないぞ。後、一回終わるまで数時間かかるから眠たかったら勝手に寝てもいいし、好きにしててくれ」
「え、そんなにかかるのか」
「残念だけど、その数時間を一週間以上続けないと星網は完成しないんだな」
「・・・うわあ」
星を掴むのは本当に面倒なのだ。この絹糸だって手作業で網にするのだから、そりゃあもう時間も手間もかかる。
摘んだ糸をふらふらさせながら唖然とするラジェルを見て笑って、思い出した。
「そう言えば、最初に会った時に使った網は最初の、作りかけの網だったな。あれでも数時間かかってるし、売ると結構高値になるんだ。何せ編んでる最中、ずっと魔法を染み込ませてる状態だから、すかすかでも立派な魔道具になる」
「ああ、あの網か。あれ、結構魔力が高くて治療院で驚いた。網を外したら魔力が消えて糸が切れたけど、そっかあ、あれか」
「そう、あれ。今日の作業が終わればあの網になる。それじゃあはじめるぞ」
作業開始だ。の前に一口水を飲んで喉を潤して、摘んだ糸を規定の動きでもって動かして、摘んで、小さく詠唱する。
つらつらとユティから漏れるのは微量の魔力で、詠唱は絶えず、糸はゆっくりと編まれていく。
途絶えることなく、止まることなく。
続く動きと詠唱は星を絡め取る時と同じく決して途切れてはいけないものだ。
ユティは詠唱と糸の動きに集中し、ラジェルを見る余裕はない。
編む動きを間違っても、詠唱を間違っても星網は失敗するのだ。
額に汗を浮かばせて喉が枯れても詠唱を絞り出して。
「・・・・よし、しゅーりょ・・・」
喉が痛くなって指先がしびれてきた頃にようやく一連の作業が終わった。
絹糸は無事、ゆるゆるの網になって何とか星網の元ができあがったのだけれども。
水を飲んで喉を潤して、ようやく視界にラジェルの姿が入って、笑ってしまった。
「やっぱり寝てるし。ったく。風邪引くぞ」
頑張ったのだろう。ほろ酔いで眠らない様にと、ソファに変な形で座っていて気持ち良さそうな寝息が聞こえる。
頭はかろうじてソファの上にあるけど、足は床にあって腰は宙ぶらりん。確実に身体を痛めそうな体勢だ。
疲れているユティにどうしろと言うんだとは思うけど、流石にこのまま放っておくのも可愛そうだ。
もう魔力もすっからかんだけど、指差の力を少々拝借して詠唱する。
短い詠唱は風の力を借りるもので、両手を動かすとふわりとラジェルの身体が浮かぶ。
そのまま、ふわふわと寝室まで運んでベッドに降ろして。
「起きたらビックリするんだろうなあ・・・やばい、俺も限界だ」
気持ち良さそうに眠るラジェルを少し見ただけでユティまで眠たくなってきた。
星網を作った後はくたくただから当然で、ラジェルに掛布をかける余裕すらなくふらふらと寝室を出る。
他人はちゃんとベッドに運んだのに自分が行き倒れるなんて恰好悪いし、起きたら身体中痛くなってしまう。寝室はリビングを挟んで両隣にあるけど、妙に遠く感じてしまう。
「・・・うう、眠い」
気力を振り絞って、何とか自分の寝室に入って。ベッドの上に転がる所でぷつりと意識が途切れた。
せめて寝間着に着替えたかったとは思うものの、意識もなければ身体も動かない。
後はもう体力と魔力が回復するまで死んだ様に眠るだけだ。


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