夜の街の魔法使い・星を掴む人 27



星網が完成するまで約1週間。今回の星網はラジェルに見せる為のお手本にもなっているから簡単な方だ。
これが作り終わったら切れたブレスレットを作ろうかなとは思っているけど、急いでいる訳ではないから予定は未定だ。
網を作る作業は深夜の静かな時間に行うことが多かったけど、この街だと深夜でも賑やかだし、そもそもいつでも深夜と言っていい感じだから気が向けば作業することにした。
星網を作って爆睡して、3回目くらいには慣れたラジェルに運ばれることになって、ベッドまでの自動移動を手に入れた。便利だ。
作業時間以外は街を見てまわったり、エクエクでお茶をしたり、魔道管理局に行って滞在の手続きをしたりと、なかなか忙しい。
「中々部家を探す所までいかないんだよなあ。急ぐ訳じゃないけど、なんか落ち着かない」
「豪華ホテル暮らしなのに落ち着かないって贅沢だよね、ユティ。気持ちは分かるけどさ」
「そうじゃのう。確かに作業部屋は先に確保した方が落ち着くと思うぞ。部屋なら貸すと言ったじゃろう」
星網を作りはじめて5日目。ラジェルに至急の仕事が入ったとかで、ユティは一人でエクエクに来てみた。
道も覚えれば分かりやすくて、魔力の濃さで自然と辿り着く様になっている。
今日も可愛らしいハーティンにお茶を入れてもらって、不思議イキモノのプープーヤは会う度にユティに部家を貸そうと話を持ちかけてくる。有り難いけど、まだ考え中だ。
「立地は便利だけどもうちょい見てから決めさせてくれ、プープーヤ様」
「仕方がないのう。気が向いたらいつでも言うのじゃぞ。して、ラジェルはどうしたのだ?」
「ラジェルなら急ぎの仕事が入ったとかでツィントに連れていかれた。明日には戻るって言ってたぞ」
この5日間、ユティにべったりと貼りついていたラジェルだけど、どうしても行かないといけない仕事ができた、と言うよりは溜まったらしい。迎えに来たツィントの目の下には濃い隈ができていて気の毒だった。
それでも明日には絶対戻ると言っていたのだから、まあ戻ってくるのだろう。たぶん。
ラジェルの仕事が何なのかは今ひとつ分かっていないけど。
「じゃあ今日は久々の1人なんだね、ユティ・・・ふうん」
「何だよ、その目は」
ラジェルがツィントに引きずられていった話をしていたらハーティンの目が妙な感じになる。プープーヤも目がないのに妙な感じにうぞうぞしている。何なんだ。
お茶を飲みつつ二人(?)を睨めば生暖かい微笑みが返ってきた。
「だって久しぶりの1人なのにウチに来るなんて、ねえ。プープーヤ様」
「そうだのう。羽を伸ばすでもなく、遊ぶでもなく、のう」
「な、何だよ」
来たら悪いのか。
生暖かい視線に居心地が悪くなってソファの上で尻だけ下がればハーティンがにっこりと微笑む。可愛いけど可愛くない。
「寂しくなっちゃったんだ。ラジェル、ずっとべったりだったもんね~」
う・・・。そうズバリと言わないでほしいものである。くそう。
開き直って寂しくなったと言えればいいけど、残念ながらユティはそこまで開き直れない。ただ視線を逸らせば今度はプープーヤが毛を伸ばしてユティの膝に、ぽん、と労る様に触れる。その触れ方も止めてほしい。
「ふふ。仲良しさんだもんね、ラジェルとユティは。ラジェルもすごく楽しそうだし、今頃寂しがってるんじゃないのかなあって思うよ」
「・・・うるさいよ。ラジェルは仕事だろ」
「緊急じゃないなら事務仕事だと思うよ。王宮に騎士団の事務所みたいな所があるんだ」
「ふぅん」
王宮、ねえ。近づきたくない場所の一つだ。
例の招待状は相変わらず荷物の下に入れっぱなしだし、できればこのまま忘れたくもある。けれど、ラジェルの仕事内容に事務仕事も入るのかと感心する。いろいろあるんだなあと思えばユティの考えをプープーヤが感じ取ったのか、うぞうぞしながら小さく笑った。
「あれは巨大魔物専門の騎士じゃが頭も良いからのう、オールマイティ、と言うのじゃったかな」
それはそれは有能そうだ。強さはもう知っているけど、頭も良さそうだったし、実際に有能なんだろうなあと思う。
ラジェル本人から仕事の話は出ないし、興味深く聞いていたらプープーヤも話したいのか、いろいろと教えてくれた。
あの強さでもって誰もが逃げ出す魔物を専門に討伐していることとか、今は落ち着いているけど近隣諸国まで出向いて魔物を討伐するだとか。
「・・・プープーヤ様、危険度の高いことばっか言ってないか?」
聞けば聞く程、危険度の高い仕事ばかりをかいつまんでいる様にしか聞こえない。
それじゃあラジェルは戦ってばかりじゃないか。
テーブルの上で珈琲を飲むプープーヤをちょっと睨めばなぜかハーティンが苦笑して、首を横に振る。
「いっつも危険なんだよ。今回みたいな危険じゃない仕事もあるけど、頻度は少ないんだ。だからね、その、ユティには悪いんだけど、今回の件では感謝してるんだ。ユティに。ラジェルが長期間の休みを取るなんて今までなかったし、危険な魔物退治もしていないから、安全だし」
「今まで、これ程長い休暇を取ったことはないからのう」
え、そうなのか。
普段は仕事の話も魔物の話も何もしていなかったから、ユティには想像もできない。ただ星を掴む一連の作業を覚える為に貼りついているのだとばかり思っていた。いや、それはそれで正解なんだろうけど。
「師団長が許可したって言ってたのも、ラジェルに休んでほしかったんじゃないかなあって思うんだ。ラジェル、強いけどずっと戦ってて心配だったから」
ハーティンの耳が気持ち垂れ下がって、プープーヤの毛の動きもしょんもりした感じになった。
そうか、そんな事情があったのか。うーんと考え込むユティにぞわりと動くプープーヤがハーティンの膝の上に乗る。
「我らとしてはただユティに感謝していると言うだけじゃ。何をしろとも、してほしいとも思わぬ。それはユティの想いじゃからの。それに、こんなことを話していたとラジェルに知れたら怒られてしまいそうじゃから、内緒にしておいてくれ」
「結構話したのに終わりかよ。まあ、いいけど・・・俺は、何もできないし」
話を聞いた所でユティには何もできない。この街に来る前に出会って、星を掴む一連の作業を教えているだけであって、他には何もできないし、知ることもない。
ただ、側にいるのが当たり前になりかけているから、気持ちはわざめく。
考え込むユティにプープーヤは朗らかな声を出す。顔がないのに機嫌や感情が分かりやすいなあと思うのは声の感情が豊かだから、なのだろう。
「それで良いのじゃ。さて、寂しいユティの為に行きつけの酒場にでも行こうかの。良い酒があるのじゃ」
「偶には昼から飲んでもいいと思うんだ。僕はまだ飲めないけど、美味しいデザートもあるんだよ」
ハーティンも垂れていた耳を元に戻して、笑顔になってプープーヤを抱えたまま立ち上がる。
まだ気持ちは落ち着かないけど、こんな時は酒でも飲んだ方がいいのかもしれない。どうせ今日はラジェルもいないし。


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