01.03...愛しい空気
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さてさて。二人で過ごす休みの日。 思えばこの数週間互いに寝顔くらいしか見なかった程に離れていて、目出度く仕事の終わった綾宏と、何だかしらないが抱えていた仕事がひと区切りしたから勝手に長期休暇だとえばった颯也で本当に久々に一日中一緒に居られる事になった。 が、これがラブラブな恋人同士だったら甘ったるいピンク色の空気に包まれているのかもしれないけれど、生まれ他時から共に居る2人にとっては結局やる事は決まっていて、もちろんそこに甘ったるいなんてピンク色の雰囲気なんて欠片も無いし、お互いそんなピンク色とは縁が遠いし、今の状況を色で例えるなら恐らくは濁った灰色あたりが一番しっくりきそうだ。 「掃除。洗濯。買い出し。秋物も買いに行きたいしな。つー事で。手分けなんて無理だから二人でやるぞ!」 「・・・頑張ってね」 「ちっがーう!頑張ってね、じゃなくて頑張ろうね、だ!」 じっくり抱き合ってゆっくり休んで夜が明けて。 それでも暫くは惰眠を貪りつつまだ起きたくないとクイーンサイズのベットで二人揃ってぐだぐだごろごろしていたののだが、流石にここ数カ月の不摂生が祟って部屋の中が大変素晴らしい事になっていた。 今日はその片づけで一日が終わってしまいそうだ。 普段はずぼらな癖にこんな時ばかり張り切る颯也は、その外見に全く似合わない黒のエプロンに三角巾まで装備していて何だか笑ってしまいそうなイデダチになっている。 綾宏は普段着そのままだけれども、この勢いだと遠からずエプロンからは逃れられないだろうと、銜えた煙草をそのままに小さくため息を落とした。 「全く、何でこんなに張り切ってるのかなぁ」 「たまにだからだ。今日は掃除。明日は洗濯。休みが多いんだからしっかりやるんだ!」 さっそく掃除機片手にうろうろしている颯也に小突かれた綾宏は一緒に渡されたエプロンにげんなりとしながらも、ゴミでも集めようかなぁと渡されたエプロンからこそこそと颯也の側から逃げ出した。 あっちこっちがだっだ広いと評判のこのマンション。 都内某所にででんと構えるその姿は、いわゆる高級マンションだ。 颯也と綾宏の住居はその最上階で、洋風の造りに白い色を全体的に基調とした広い造りになっている。 何もかもが日本人サイズでは無く外国人サイズであるのは2人の身長を考えると仕方の無い事で、それを基準に選んだ様な物だったりもする。 間取りも、いかにもな造りで。全てが広く贅沢な取り方だ。 玄関から室内全ての部屋はバリアフリー。 土足での出入りを装丁された物だが、そこはそれ、日本人は室内土禁だ。 それでもって玄関から見えるのは大きなリビングと、それにくっついている使いやすそうな対面式キッチン。(と言っても料理の出来ない二人にとってはただの飾りだ) それから寝室が2部屋に、小さくもなければ大きいまでとは言わない部屋が3部屋もあると言うのだから自分達だけで掃除と言ってもそれは言外で、しかもその上2人が2人揃って家事が壊滅的にダメダメだとすれば、それこそ文字通りの言外だ。 だから時折プロに頼んだりもするのだが、基本的に自らの居住スペースである、要するに日頃頻繁に使っている部屋くらいは自分達で掃除する。 まぁ、この掃除と言うのがかなーり大雑把なのだが、するとしないのとでは雲泥の差があるものだから、しぶしぶ掃除に励むのだ。 と言ってもここでしぶしぶなのは綾宏だけで、案外颯也は掃除が好きだ。 洗濯も好きだ。 料理も好きなのだが、出来ないだけだ。 「・・・逃げちゃ、だめ?」 反して綾宏は家事全てが嫌いと言うより面倒臭い。 こそこそとエプロンを握りしめたままで何とか玄関まで辿り着けば後はダッシュで逃げようと企んでいるのに、なかなか颯也の賑やかな掃除の声は遠のかない。 って言うか、何処の家でたかが掃除にあんな大声を上げる必要があるんだろうかと避難先である未使用の埃っぽい部屋の扉からこっそり覗いてくすくす笑う。 とぎれとぎれの掃除機の音。 颯也の怒鳴り声と時たま聞こえる、普段のキリっとしている男前な姿からは想像も出来ない怪しい悲鳴と、奇声。 どうやら部屋の隅で期限切れの何かしらとか思い出すのもはばかれるずうっと前の洗濯物とかを間違って発掘してしまっているらしい。 颯也にバレない様にくすくすと笑っていた綾宏だが、いつまでもここで隠れている訳にもいかないので、颯也の声がベランダ辺りに行ったなぁと言う所で綾宏はこーっそりと、部屋を抜け出してあらかじめ持っていた財布を確認するとこそこそと玄関に向かって逃げ出そうとして。 「逃げたから仕置きな。いやぁ、良い響きだよなぁ。お仕置きって」 何故かがっちりと片方の手首を颯也に掴まれて、ご丁寧に肩まで抱き込まれてしまった。 「な、何で…」 たった今玄関とは反対方向のベランダに向かったハズじゃぁと、恐る恐る颯也を見上げれば、にっこりと微笑みながら全く笑っていない鋭い視線がぐさっと綾宏を突き刺す。 「お前の考えそうな事は分かりすぎてるんだよ。ったく、いっつもいっつも掃除の度に逃げ出そうとしやがって。このままここでお仕置きしてやろうかぁ?ああ?」 「や、やだなぁ。べ、別に逃げるなんて、そんなつもりじゃ…」 「無かった、とは言わせんぞ」 これぐらいで本気で怒る颯也では無いけれど、目は笑っていない。だから、怒ってはないが気に入らない、と言った所で、ただでさえ非常に整った顔立ちでそんな表情をされると、とても恐いし、何よりやっぱり悪かったかなぁと少しばかりの罪悪感で動きを止めている綾宏のシャツのボタンはさっさと颯也の手によってはずされようとしていて、非常にやっかいな状況になってしまった。 「そ、颯也…、こ、ここじゃ」 いくら何でも玄関口で、エプロンに三角巾な奴にいたされてしまうのは嫌だと慌てて颯也を押し返そうとするのに、すでに鎖骨付近に唇を持って行った颯也は全く聞き入れてはくれなさそうだ。 「文句は無し。お前が悪い」 「そ、んなぁ…んっ…」 勝手知ったる他人の身体。的確に吸い付いて痕を残されながら綾宏は今ここで蹴飛ばしたらさすがに可愛そうだよね、だのと不穏な考えを頂きつつ、せめてエプロンと三角巾くらいは外してくれないかなぁと精一杯颯也を押し返そうともがいてみる。 「こーら。大人しくお仕置きされとけ。掃除しなくて済むぞ」 「や、だよっ」 動ける範囲で暴れながらさてどうやって逃げようと、崖っぷちに立ってしまった綾宏がさわさわと身体を這う颯也の手にマジでやばいかもと諦めかけた時。 「颯也さーん。差し入れ持って来たんで入れてくださーい。でもって仕事してくださーい」 突然開いた玄関からひょっこりと顔を出した青年が、ぱっちと目を見開いたまま、手に持った白い箱を落とした。 |
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