01.02...愛しい空気
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外が夕暮れになる頃。 ようやく綾宏の部屋からキーボードを叩く音が消えた。 ふらふらとしながらメールで翻訳した文章を投げて長く息を吐きながら煙草に火をつける。 これで暫く休めるぞ、と仕事の疲れと寝不足で妙な具合にハイテンションになって一人にまにまとしていると、何処から現れたのか、何時の間にか颯也が背後に立って、しかもバスローブなんぞ抱えてこれまたニマニマと言うか、にまぁとしているではないか。 この笑みを見た時はロクな事になった試しが無い。 長すぎる経験上分かりきっているのがまた悲しいが、それでも綾宏は負けずと知らんフリして見る。 「あや…」 もちろん、そんな些細すぎる抵抗なんて通じる訳が無く、耳元でささやかれるのは独特の甘さを持った、要するにこれからヤりまくるぞ!と言う時にしか呼ばない綾宏の名前で。 「僕徹夜明けなんだよね。眠いんだよね」 それでも、それでも抵抗はしたい。 何せこの颯也と言う男。その長身と鍛えられた筋肉から想像するだけでも持続力と言うか、要するに強そうなのに、ことセックスおいてはさらに強いから徹夜明けのデスクワークで鍛えられた綾宏としては出来ればちゃーんと休憩してご飯も食べて一晩程ぐっすりと眠ってからお相手したいのだが。 「一緒に風呂入ろうぜ。隅々まで洗ってやる」 全く聞いてくれる気配は無さそうだ。 しかも風呂って事はそこから始まるんですか?と恨みがましい視線を上に向けてみるけれど、やはり効果は無く。 「なぁ、いいだろ?一ヶ月もお前にご無沙汰してたんだ。ちと味わってもいいだろ?」 確かにこの一ヶ月颯也は仕事が忙しかったらしくあちこち出張で居なかった。 でも、そこはそれ。これはこれ。 そっちはゆっくり休んで体力も満タンだろうけれど、こっちはもう眠くて疲れて倒れる寸前なのに、と恨みがましい視線のままでため息を態とらしく吐いてみるけど、既に欲情してしまっている颯也には何の効果も無く。 「そんなにぶーたれんなよ。どうしても嫌だったら何もしない。ただし次は容赦できねーから」 仮にも恋人に対する台詞がこれなのか!?と怒鳴りたい気持ちが半分。 一ヶ月も空いてしまって触れたい気持ちが半分の半分。 後の半分はやっぱり眠いから少しくらい休みたいなぁ、といった円グラフが綾宏の中にぽぽんと浮かんで。 暫くの沈黙の後。 ゆっくりと立ち上がった綾宏は両手を颯也の首に絡めて小さくため息を落とした。 結局は半分の半分な気持ちの癖に、ぐぐっと瞬間的に膨れ上がる触れたい気持ちに負けてしまったのだ。 撮み食いは自分もするけど、やっぱり一番側に居て一番馴染む温度は格別で特別だから。 「寝てないんだからノ途中で寝ても怒んないでね」 颯也の耳元で熱っぽく囁いて、抱きしめてくる大きな手の温もりに、やっぱり少しは餓えていたのかなと思うくらいには身体から力が抜けた。 「あや、少し痩せたか?」 「ぅん、っぁ………そ、ぉ?」 場所は変わってバスルーム。 曲がりなりにも大男の部類に入る二人を入れている癖にそれでも多少の余裕がある辺り、このマンションの広さが伺える。 白い洋風のバスタブにこれまた白いタイル。 全てが白を基調として作られているので、この他の部屋も白が基本になっている。 まぁ、今現在の二人にはあまり関係ないが。 「やっぱり痩せてやがる。明日からばしばし食わせてやるからな」 「ぁ…やぁ…、そんなに急には無理、だよ…」 バスタブの中。 泡を立てながら沈む颯也の上に乗っかる形で綾宏は肌を染めてあえやかな息を零している。 向い合せで顔を合わせて唇を重ねて舌を絡めて。 熱い吐息の間に小さな声を浴室に響かせる綾宏はぼんやりと霞がかった視界で笑う颯也を睨む。 この男はいつもそうだ。こんな時に限って普段見せた事の無い様な、優しすぎる笑みを浮かべる。 恐らくは、その笑みだけで誰でも陥落させてしまう程の。 「あや、少し足開けるか?」 「ぁ…う、ぅん」 泡の滑りを借りて颯也の長い指が綾宏の内に滑り込まれて、その感触にびくりと震えながら颯也の肩をぎゅっと掴む。 じゃぶじゃぶと湯の揺れる音を聞きながら、共に聞こえるハズのない粘着質の音まで聞こえてきそうな恥ずかしい気持ち。 「ぁん…ぁ、…やっ、そ、そう、やぁ…」 内に入れられた指は次第に本数を増して、綾宏の腰が揺れ始める。 既に思考は颯也一色で、何もかもが目の前の男の色に塗り替えられていく様で。 そして、それを喜んで受け入れる自分が居て。 「あや、力、抜け」 「むっ、り…も、だめ…ぁん…あっ」 音を立ててめり込みそうな感覚。身体の中を颯也が犯す不快感と、まぎれも無い快楽と安堵感。 泡のぬめりも感じずに手を伸ばせばしっかりと抱えてくれる颯也が居て、酷く嬉しくなる。 もう口からは意味の無い声しか出ないけれど、それでも颯也が抱えてくれているから何を口走っても安心出来て。 ただ颯也の名前を呼びながら、その存在を両手の中に抱きしめた。 ちゃぷ。 まだ風呂の中でぐったりとしている綾宏は恨みがましい視線を後ろ側に送ってぷくぅと頬を膨らませた。 「何だ、その頬は。何か入ってるのか?」 にたりと口元を歪める颯也は嬉しそうに綾宏の膨らんだ頬を突いて笑う。 まだ綾宏は呼吸も荒いと言うのに、すでに颯也は復活しているらしく、後ろ向きで子供の様に颯也に抱えられながら綾宏は後頭部を颯也の肩に押し付ける。 流石に体格差もあって安心感と言うか、例えが悪いけれど何だかお父さんにダッコされている様な気がするからこの体制は結構好きだ。 但し、背中と言うか、腰の当たりにあたるモノが無ければの話だけれども。 「…颯也、疲れたよ。続きはベットがいい」 「俺は元気だぞ?」 「僕が!疲れたの!もー体力違うんだから少しは手加減してくれるとかさぁ」 「それは無理だ。言っただろう?久々なんだからな。何週間ぶりだと思ってる?ん?」 大きな腕に抱き込まれながら何度も背中に唇を落とされて綾宏はそれがくすぐったくて身を捩りながらくすくすと声を落とす。 颯也はこうやって綾宏の背中に吸い付くのが好きだ。 白くて吸い付く様な肌。と言うのも多大に関係しているのだけれども、実はそうであってそうでは無い。 「颯也っ、そこは…ぁ」 くねらせる背中の一部。 左の肩から背中に向かって唇を滑らせれば思った様に反応する綾宏の背中。 白い背中に浮かぶのは真っ青な稲妻を象った入れ墨。 白すぎる肌に目立つその入れ墨の、颯也にしか分からない箇所に唇を寄せては吸い上げる。 そこは、入れ墨だけでは無い、苦い思い出の場所。 本当によくよく見ないと分からないが、入れ墨の浮かぶその箇所の下には一直線に惹かれた傷跡が残っている。それを隠すためにと綾宏が何も告げずに入れ墨を入れてきた時は流石に声も出ない程に驚いたのだが、その翌日には自ら同じ場所に同じ入れ墨をこさえて、今度は綾宏を驚かせたものだ。 「いいだろ?俺の物なんだから」 いつの間にか熱い息に変わりながら颯也は幾度もしつこく吸い付いては痕を残してにやりと笑う。 「僕の物は僕の物っ」 しつこい愛撫にくねりながらも怒鳴り返す綾宏の悲鳴がバスルームに木霊して、ついでに颯也の笑い声も木霊する。 「そりゃそうだ。じゃ、お前の物をありがたーく頂きますか」 ああ言えばこう言う。 その典型的なやりとりをしながらさっさと颯也は綾宏を抱き上げた。 こう言う場合においてのみ、綾宏より数段颯也の立場が強くなる。 その上身長差があるとは言え、立派に長身の部類に入る綾宏を軽々と抱き上げる様に至ってはもはや何も言い出せない。 「勝手に頂かないで。僕は寝るのっ」 それでも言いたい事はいっておかないと、これからしばらく何も言えなくなるからと綾宏が噛み付けば颯也は嬉しそうに笑うだけだ。 「悪いがそれはお断りだ」 「何で確定口調なのさ」 「俺は万能だからな」 これからベットインな割に色気の無い会話だが、これもいつもの事。 知り過ぎている相手に今更ロマンスは求めない。 ただ求めるのは確かな温度と相手を繋ぐ熱と、繋がる感情。 どかどかと足音も高く綾宏を抱えたまま寝室に移動した颯也はその長身を生かしたまま綾宏をベットに落としてすぐさま覆いかぶさる。 「綾宏、忘れるなよ」 拭いてもいない身体は濡れたい放題で白いシーツをあっと言う間に濡れさせながら颯也は厳しい表情で綾宏を覗き込んだ。 「なに?」 伸ばした指先を絡めとられて握りしめられて、熱を持ち始めた瞳を向けて。 「お前を自由に出来るのは俺だけだからな」 確信めいたその言葉に綾宏はふわりと、颯也にしか見せない、鮮やかな、けれど酷く柔らかい笑みを浮かべて頷いた。 「それはこっちの台詞。颯也の事を自由に出来るのは僕だけだよ?」 密やかに、笑みのまま告げられる誓いの言葉。 「分かってる。愛しているよ。誰よりも」 「ん。僕も…」 満足気に頷き返した颯也がゆっくりと近付いてくる中、綾宏も微笑みながら颯也を迎え入れた。 |
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