next will smile
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02.04...ぬくもり |
整っているのに男らしい、精悍な顔立ち。 いつでもビシリと筋の通った上等の、スーツ姿。 細身に見えて意外とがっしりした体つき。 長身と言う訳では無いけれど、手足が長い事で実際の身長よりも高く見える。 いつでも優しい笑顔でゆっくりと丁寧な口調で話しかけてくれる穏やかな性格。 けれど内に秘めているココロは熱いと感じさせる屈託の無い、ころころと良く変わる表情に時々漏れてしまう乱暴な言葉。 何もかもが極上なのだと見る人が思わず振り返ってしまう様な男。 それが、遼太郎と言う人。 「何です?そんなに俺の顔見て、何か付いてます?」 そんな極上の男は照れくさそうな笑みを浮かべて熱を持った頬を両手でぺたぺたと触っている。 「ううん。遼太郎って良い男だなぁって思っただけ」 正面に見据えてさらりと言ってのけながら、ガラスの杯でふんわりとした甘い香りの日本酒を口に含んだ。 「や、ヤだなぁ。そんな嬉しい事言われたら照れちゃうじゃないですか」 本当に照れているのだろう。 酒の入った以上に顔を赤くしながら遼太郎がお絞りでごしごしと照れ隠しに顔を拭く。 そんな仕草がやけに可愛いと思ってしまう。 眩しさを控えたほのかな室内照明は狭い室内をぼんやりと照らして暖かく見せて、人が2人だけ入る様になっているこの個室は、掘りごたつ式のテーブルと直ぐに寄りかかれる壁が好評で会社帰りにサラリーマンに絶大なる人気を誇っている居酒屋だ。 暗い色のテーブルには数点のおつまみと店お勧めの日本酒に深い青い色の、ガラスで出来た杯が置かれている。 「遼太郎って案外可愛いよね」 「ま、また、そんな事言っちゃって・・・充さん、酔ってますね?」 「酔ってなんかないもーん」 ふふふと笑って充は一息に杯を空ける。 こうやって遼太郎と2人で飲むのもすでに片手の回数以上になった。 仕事の帰り、休みの日、ほぼ毎日と言って良い程に遼太郎は充を飲みに誘っては穏やかな笑みと柔らかな会話で充を包み込んでいく。 仕事帰りの日は終電に間に合う様に駅まで送ってくれて、休日の前の日は終電が過ぎるまで飲んで、それからタクシーで遼太郎のマンションまで行ってさらに飲んで、泊まって、ささやかな朝食と昼食をご馳走してくれてそのまま少しだけ街をぶらついて、また駅まで送ってくれる。そんな毎日を繰り返していた。 どうやっても充の終業時間は夜中と言われてもおかしくない時間なのに、それでも遼太郎は一言の愚痴も無く不満も無く、日々充の携帯にメールを入れては誘ってくれている。 どうやら遼太郎も忙しい身の上らしく残業三昧なのだと笑ってはいるのだけれども、実は詳しい話を聞いた事は無い。 初めて会った日にぼやいていた見合いの話もあれから一言も無く、惚れたのだと宣言したのに積極的な行動に移す訳でも無い遼太郎は充の中ではすっかり仲の良い飲み友達なのだと言う認識になってしまっている。 それでも、充にとっては珍しい事なのだ。 生来の人見知り。 それに加えて身内だと認めるまでには決して懐く事も無く、親しくする事も出来ない筋金入りの人見知りなのだから。 今の所、充にとっての身内は颯也と綾宏の保護者モドキと2人の家族。 それからアーツクルーズに勤める榎戸と高木、週に3回のアルバイトで訪れる女の子2人。 たった、それだけなのだ。 充に両親は居ない。 親戚も居ない。 育ててくれた人達はあくまで身内では無く他人、と言う認識になってしまっているし、なってしまっても仕方のない環境だった。 別に嫌っている訳では無いが、どうしても心を開く事は出来なかった。 だから充にとっての身内と言う者は非常に貴重だ。 そんな貴重な身内と言う認識をする人達の中に、最近、遼太郎と言う男が仲間入りをしようとしている。 名前しか知らない男なのに、それでも遼太郎と過ごす時間は穏やかで優しくて、さほど多くの時間を一緒に過ごした訳でも無いのに、それでも不思議と嫌いでは無く、むしろ好きだと思う部類に入っていた。 もちろんその好きは遼太郎の宣言した惚れたとイコールの好きでは無い。 「あ、この焼き鳥旨いですよ、ほら」 酒の酔いのまま、つらつらと遼太郎の事を考えていた充にその張本人が嬉しそうな笑みで焼き鳥の皿を差し出してくれる。ご丁寧にも串に刺さった肉は全て遼太郎によって外されている。 これは初めに飲んだ時に焼き鳥の串ごと食べるのが面倒だと充がごねた所為だ。 それ以来、何も言わずに焼き鳥を注文すると勝手に遼太郎が串から肉を外してくれている。 「うん。おいしー。お酒もおいしいし今日は良い日だねぇ」 「喜んでもらえて嬉しいです。ほら、コロッケもいけますよ」 「ん。遼太郎も飲んで飲んで。このお酒おいしーよ」 「はい。頂きます」 個室の居酒屋。狭いテーブルで差しつ差されつ。 けれど毎日繰り返される会話はこんな物で、多少仕事の愚痴や日常の世間話はするけれど、酒の酔いも手伝ってか、あまり個人的な、込み入った話をした事は無い。 けれど、何故だか落ち着く雰囲気を遼太郎は持っているとしか思えないのだ。 交わす会話が何も無くても、交わす言葉がさし去りの無い事ばかりでも、とても、落ち着いてしまうのだ。 だいたい、これだけ毎日の様に顔を突き合わせて飲んでいればお互いどう言う人間なのか自然と分かってくる。 ここで酒癖が悪かったり人間的に合わない人だったら、初日の時点でみぞおちに一発入れて二度と会わない様にしているだろう。それは恐らく遼太郎の側も同じ気持なのだと思う。 気の合わない人間と毎日の様に飲み歩ける訳が無い。 だから、充と遼太郎の2人はとても気が合う者同士だと言う事だ。 「デザートはぁ、何が食べたい?俺はアイス食べたいなぁ」 「俺もアイスがいいですね。あ、でもこの宇治金時も気になりませんか?」 「気になる〜、どうしよう?半分こしてもいい?」 「もちろんです。充さんのならば余計に嬉しいです」 「またまたぁ、そんな事言って〜」 「本当ですってば」 ふわふわとした気持でメニューを眺めて遼太郎を眺めて、充はとてもご機嫌だ。 遼太郎も機嫌良く笑みを漏らしては充の世話を焼いて楽しそうに笑っている。 やがてデザートまで食べ終えて最後の酒も飲み干して2人はゆっくりと店を出る。 何だかとても良い気持。 居酒屋を出てふらふらとほろ酔い気分で大通りを2人で歩く。 もう風は冷たくて酒が入っていなければ随分と寒く感じる季節だ。 それでも酒の入った身体は暖かく、身体よりもココロが暖かい。 後は各自の家に帰って眠るだけ。そんな帰り道。 ビシリとスーツ姿も眩しい遼太郎と薄いシャツの上にジャケットを羽織っただけの充と言う組み合わせは酔っ払いの多い大通りの中でも中々に目立っているけれど、本人達は楽しそうにじゃれながら駅までの道のりをのんびりと歩いている。 初めて会った日以来、歩く充の背中を遼太郎は自然に支えてくれている。 それは主に酔っぱらった今の様な時だけれども、人に触られる事を嫌っていた充にしてはそれすらも珍しい。 背中を支えてくれる大きな手。安心して背中を預けられる暖かい手。 こんな風に触られても嫌じゃない。それだけで、何だか不思議なキモチ。 遼太郎に出会ってから、何もかもが珍し事尽くめで、毎日が些細な波乱に満ちていて。 いいなぁ、遼太郎って。 ほんわりとした気持の中で、にこやかに充の背を支える遼太郎を見上げて、ひっそりとその整った、暖かい笑顔に見入っていた。 それは、心の奥底で根付く、今はまだ名前の無い、暖かい想いだった。 |
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