next will smile
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02.03...ぬくもり |
うっすらと目を開けて、自分の布団じゃない匂いをふんふんと嗅ぎながら目覚めた充のご機嫌は非常に良かった。 「ふぁ。良くねたぁ」 仕事の忙しさと持病にもなっている不眠症のお陰で、随分と長い間熟睡なんて言葉に縁はなかったのに今日は夢すらも見ない深い眠りに落ちる事が出来たのだ。 非常にご機嫌良く、ううん、と背伸びをしながら漸く今自分の居る部屋を見渡した。 白を基本にしてあるのだろう、一般住宅から考えると随分と広い寝室。 その造りはどう見ても高級住宅の造りで、思わず保護者2人の住うマンションを思いださせる造りだ。 今起き上がったのはダブルベットで、その他に目に入るのはドレッサーと思わしき机と高そうな木の椅子にクローゼット。 全てが柔らかい色調で、目にも気持にも優しい色を醸し出している。 自慢じゃないが充の部屋だって同じ年頃の一人暮らしに比べれば大分広い方だし、何より保護者モドキ、颯也のマンションはこれに輪をかけて広く立派だ。 その所為もあり見る目は非常に養われているから、ぱっと見た目でこの部屋の立派さが分かってしまう。 これはかなりのお金持ちなのかな?と目の覚めた頭でつらつらと考えながら部屋の主であろう、遼太郎の姿を探してきょろきょろとする。 「遼太郎?居ないの?」 おそらく隣の部屋にでも居るのだろうと、ひょいとベットを降りてドアを開けて、またしても充は遼太郎ってお金持ちなのかなぁと首を捻ってしまった。 恐らくダイニングなのだろう。寝室と同じ様に白を基本とした柔らかい造りの、けれど高そうな家具に大きなソファ。 置かれている物の一つ一つが存在を主張しながらも、柔らかくて。趣味の良さを自然と見せている。 「りょーたろー?」 とは言え充には関係の無い事。 その辺の金銭感覚は普通の人よりもかなりずっぱりと抜けきっているから全く気にもしないで(せいぜい趣味いいなぁくらいで)ふかふかのカーペットの上でうろうろしていると、何処かからとても良い匂いがする。 「あれ?充さん、起きました?」 よく見ればダイニングに面して対面式のキッチンがある。 やはり白を基本とした造りのそこから探していた遼太郎が顔を出して笑顔を見せてくれた。 「良く寝ていたから起こさなかったんですよ。気分は大丈夫ですか?」 黒のエプロンをしながらキッチンから出てきた遼太郎は嬉しそうに充の頬に手を当て、もう顔色も良いから大丈夫ですよね、なんて微笑んでいる。 「えーと。気分て?」 充に向けられる笑顔があまりにも優しくて、とろりと溶けている物だから、他人からの接触を嫌う充も何処か恥ずかしくなってしまって視線をずらせば、遼太郎がふんわりと頬を撫でて、それから充の髪をくしゃりと撫でた。 「だって充さん、寝ている時真っ青だったんですよ?俺心配しましたよ」 「ふぅ、ん」 頬と髪を触られても充は嫌な気持ちになれずにされるがままになっている。 何だか、こう言う触れ合いも良いかな?なんてらしくない気持ちでとてもくすぐったい。 遼太郎の大きな手が思いの他、暖かくて優しい。 「さて。お腹空いたでしょう?食べられます?」 そう言えば遼太郎はエプロンをしていたのだ。それはつまり充の為に料理をしてくれたと言う事で。そんな事も嬉しく感じてしまって充はにっこりと遼太郎を見上げて微笑んだ。 「お腹空いたけど、お酒がいい」 「・・・・充さん」 何故かその一言に遼太郎はがっくりと肩を落とすけれど、充には何で肩を落とすのか分からなくて、首を傾げて早くお酒が飲みたいなぁなんて思って項垂れている遼太郎のエプロンの裾を引っ張った。 結局。 数種類の料理と酒を出してもらいながら随分と高そうなテーブルで料理を突きつつ、充と遼太郎はたわいもない話をぽつぽつと零しながら酒を舐めている。 やっぱり遼太郎の側は落ち着く、と出会ったばかりなのに不思議とそう思う充は目の覚めた頭でしげしげと正面に座る遼太郎を観察してみた。 どう見たって人の良さそうなエリートサラリーマン。 で、見た目は非常に格好良い。 それ以外の何者にも見えないのだけれども、充としては過去のいやーな経験上、どうしたってこう言った好意100%を向けてくれる相手に対して警戒せざるを得ない事情があったりするから、素直に美味しい料理と酒を味わえないでいるのだ。 何せ一人で外をふらふらと歩くだけでナンパの嵐に出会い、その内強引に裏路地に引っ張り込まれた挙げ句に犯罪まがいの事を強引にしようとする相手(複数)を返り討ちにして差し上げたり、と。 要するに(認めたくは無いが)その手の野郎に絶大なる人気を誇っているのを嫌々ながらに十分に理解してしまっているのだ。 ここは一発直球勝負で行った方が早そうだと、充はじぃっと遼太郎を上目遣いで睨みながら、どうにも食事に集中出来ずに箸を置いて煙草を銜えた。 「で、何が目的なの?」 「はい?」 「俺に親切にしてくれる本当の理由。ここまでしてもらってすごーく嬉しいんだけど、下心、あったりするの?」 「うーん。下心ですか」 じぃっと視線を遼太郎に向けて睨んでみれば、遼太郎はううんと唸りつつも真剣に考え始めてしまっている。 ・・・真面目な人だなぁ。 そう思わなくも無いが、ここは真剣に考えているその内容をじっくり聞かなければと、充は遼太郎が間が得ている間もずっと睨み付けた。 「ごめんね。こんな事聞きたく無いんだけどね。どうせならちゃんと聞いておいた方がお互いの為だし」 そう。本気でお互いの為。 五体満足で明日を過したいのならば、ここで全部白状してもらわないといけないのだから。 「そうですねぇ。正直に言うと下心が無い訳じゃないんですよねぇ」 「ふぅん。それで?」 「実はね、俺、ちょっと現実逃避したい気持だったんですよ」 「はぁ?」 「俺、社長だって言いましたよね。まあ、社長って言っても親から無理矢理継がされただけなんですけど、一応真面目に仕事はしてたんですよ。そんなに嫌いじゃなかったし。ただね、今朝出社したら突然見合いするんだとか言われて社長室に見合い相手がスタンバイしててしかも相手の女性所かそのご両親までいらっしゃって俺の両親も綺麗に着飾って居座っててもう何で朝からこんな目に遭わなきゃいけないんだって部屋に入った途端にブチ切れちゃいまして何も見なかった事にしてダッシュで逃げたんですよ」 途中から一気にノンブレスで喋りきった遼太郎は少々荒い息でぜいぜいと言いながら、けれど口調が乱暴になる事も無く、淡々と、笑顔で話終えてから一つ息を吸い込むと、まだ言い足りないらしく笑顔のままで再度口を開く。 「しかもね、その相手ってのが生まれる前から俺の婚約者だって決められてたみたいで逃げたのに何度も何度も何度も何度も携帯に電話は掛かって来るし会社から追っ手がかかるしで何もかも嫌になって携帯捨てて暫く隠れようと思って喫茶店に入ったんですよ」 これまたノンブレスで喋りきった遼太郎はまだ息継ぎをしている。 「た、大変だったんだね・・・」 充としてはかろうじて合わせる事しか出来ずにただただ頷いて。 「ええもう。あの人たちは俺を商品かなにかと勘違いしてるとしか・・・って、まぁそんな訳で喫茶店に入ってこそこそしてたら充さんに会えたから、ちょっとだけ良かったかなぁと考え直しました」 まだ続くのかなぁと遼太郎の勢いに推されまくっていた充だけど、最後の言葉プラス満面の遼太郎の笑みに、はぁ?と首を傾げるしかできない。 何だか微妙に嫌な予感に襲われる。 「最初に言うのはちょっと勇気が足りなかったんで言えなかったんですけど、充さんが下心って言うなら今の内に全部白状します」 これからが本番なんです。 と言わんばかりに一つ、大きく息を吸い込んだ遼太郎は意を決した様に真剣な表情に変わって充を見つめた。 「りょ、遼太郎?」 その、あまりにも真剣な表情に充はお尻でずるずると後退するけれど、テーブルの向こうから伸びて来た遼太郎の手が、がしっと充の肩を掴んで阻む。 「俺、ゲイなんですよ。で、最初は面白い人見つけてラッキーだなぁってくらいにしか思ってなかったんですけど、あんまりにも青白い顔で一生懸命寝てるその寝顔に惚れました」 決して小さなテーブルでは無い。 むしろ大きい部類に入るテーブルの向こうから手を伸ばしているものだから、上半身全体をテーブルに乗り上げる形で真剣にカミングアウトなんぞしてくれた遼太郎は最後ににっこりと微笑んで充から手を離した。 「だ、だれ、に?」 この場合、誰に、なんて聞かなくてもキッパリと分かるけれど、どうしても聞かずにはいられずに、引きつった頬でもって、ギコチナイ表情の充はやっぱり逃げたいと思いつつも、目の前でにこにことしている遼太郎の笑顔から妙な迫力を受けて、蛇に睨まれた蛙の様に動けず。 「充さんに、です。あ、でも心配しないで下さい。俺、ちゃんと両想いになるまで手も足も出しませんから。折角充さんにチャンスもらったんで、今からめいいっぱい心を込めて口説かせて下さいね」 言いたい事を全部言い終えたとばかりに、思い切りスッキリした顔で、今までの笑顔とはまた違う、にこぉっとした満面の笑みを向けられてしまった充は、断る事も出来ずにただただ頷くしか出来なかった。 |
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