第1部・風の宮殿、白の騎士.030




まだ赤くなっている顔を両手で挟んだ朱理にヴァンがにまにまと笑いながら、
それでも嬉しそうにわざわざ身を乗り出して頭を撫でてくれた。

「良かったな」
「あ、ありがと・・・」

アシードもモアも嬉しそうで、二人で揃ってお茶の用意をしてくれている。
席に戻ったヴァンがアシードからお茶を貰って、リグと朱理の前にはモアが運んでくれた。

もう食事をする雰囲気ではなくて、ぱぱっとアシードが魔法で食器を片付ける。
いつも思うのだが手で作業する時と魔法でぱぱっとする時の違うは何だろう。
いや、今は気にしている時ではないけれど、気にはなっている。

「さて、カイリがいるのはイーガシアースだと言ったが、アカリにはリグと一緒に向かってもらいたい」

イーガシアース。こことは違う世界。でも、同じ世界。
海理に会いに行ける。そう思ってぱっと顔を輝かせる朱理にヴァンは少し考える仕草をして、また話し出した。

「申し訳ないが、直ぐに迎える訳ではないんだ。違う世界を行き来するには時間が必要でな。今の所、週に一度マールファンが飛んでいるんだが」

また考える仕草。
何だろう。何か言いづらそうで、海理の所には行けないのだろうか。

「陛下、朱理には全てを知る権利があると思います。こちらの事情で巻き込んでいるのは明らかなのですから」

言いにくそうにするヴァンにリグが静かに告げて、アシードも頷いている。
どうしたんだろう、深刻な空気になってしまって訳が分からない。
折角落ち着いたのに、また心がぐらぐらしそう。そんな朱理にリグがそっと肩に手を置いてくれる。

「大丈夫だ。ただ、この世界にはいろいろと事情があり、複雑な説明もあると言うだけだ。陛下、良いでしょう?」
「・・・そうだな。アカリを巻き込んだのはこちら側。それは変わらぬ事実だし、どうせこのままイーガシアースに行ってもアイツに全部言われちまうだろうしな。
アカリ、ちょっと説明するが、この話は基本的に最重要禁書に記されるものだ。他ではあまり喋ってくれるなよ。モア、お前もな」

突然深刻な話になってしまった。
イーガシアースに行くと言う事はこれほど重要な説明がないといけないのだろうか。
ますます不安になる朱理にけれどヴァンは柔らかく微笑んで、そんな大層な事ではないと前置きをして話しはじめた。

「この世界は元々は一つだった。それが、大昔の大戦争で三つに分かれて、ガーデン・ド・サウ、イーガシアース、キキシャイロウになった。
世界と世界の移動にはマールファンの内部に入って移動するんだが、ここの所、世界の狭間が不安定になっていて週に一度が難しい。
ここからが最重要禁書の内容になるんだが、ざっと説明すると、まだ目に分かる変化はないが世界それぞれにも異変がある。と言うよりは元々持っていると言うべきか。
元々無理矢理三つに分けた世界だから当然歪みらしきものも多くて、見なくともこの世界は日々崩壊しつつある。ってのが、最重要禁書の内容だな。
それで、本当は直ぐにでもアカリをイーガシアースにやりたいんだが、そんな訳で直ぐには迎えないと言うだけだ。
まあ、狭間が安定次第マールファンも飛ばすからそう待たずに行けるとは思うんだがな。
ああ、それと、アカリがイーガシアースに行くのは、向こうでカイリの面倒を見ている奴がマールファンマスターで、カイリの怪我もあるからだ」

つらつらと一気に説明されて、必死に聞いていた朱理だけれども、後半になるにつれ分からなくなってしまった。
とても重要な事を言われた様な気がするのだが、つらつらと流れる言葉に埋もれてしまった。
今の朱理に分かる事で気になる事は、カイリの怪我。朱理の足の痛みが怪我なのだろうか。

「怪我、酷いのか?」
「使者の話によると、どうも足を怪我しているらしいんだが、あまり詳しい話はきていないんだ。で、他に質問は?」
「って言われても、オレには良く分からない話ばっかで・・・。いつ頃行けるんだ?」

一番気になる事を素直に聞けばヴァンが笑う。それは悪巧みが成功した様な笑みだが今の朱理には分からない。
ただ、朱理の隣に座るモアがどうして真っ青な顔色になっているのだろうと不思議に思うくらいで。

「そりゃそうだな。判明次第になるが、そう遠い話じゃない。準備はこっちで進めておくから、心配だろうけど待っていてくれ。
もちろんリグを付けておくから、遊ぶだけ遊んで待っていてくれ」

朗らかに笑うヴァンだが、ここで気になる事がもう一つ。
ずっと朱理の側にはリグがいるけれど、と言う事は。

「リグ、仕事は?」

夜に起きた時も仕事をしていたリグで、今はこうして朱理の側にいてくれるけど、本当は偉い人だ。仕事はどうしているのだろう。
リグを見上げればなぜかとても嬉しそうな顔をしている。

「気にしてくれたのか。ありがとう、アカリ。心配する事はない。私の仕事は忘れてくれ」
「そうそう。今のリグの仕事はアカリの護衛だ。ちゃーんと仕事してるから気にすんな」
「そうですよ。本当にアカリは良い子ですね。少しは陛下にも見習って頂きたいものです」

リグには頭を撫でられて、ヴァンはまたにまにまとしているし、アシードはどさくさに紛れて文句になっている。

「・・・ありがと、みんな。本当に、ありがと」

嬉しいなあ。海理が見つかって、朱理の周りにはこんなにも良い人がいてくれる。
心配な気持は沢山あるけど、今は嬉しい気持が多くて顔が緩む。



海理、待っててな。直ぐに、とはいかないけど、行けるから。
どうしているのか分からないけれど、どうか海理も嬉しい気持になれる場所にいて欲しいな。





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