第1部・風の宮殿、白の騎士.026




露店の食事は簡単なもので、リグが買ってきてくれたのは数種類のお茶とフルーツジュースみたいなもの。それにパンと幾つかの簡単な料理だった。
テーブルの上に広げて食べれば開放的な雰囲気に笑みが浮かぶ。
建物の中だけれど、外と変わらないくらいに広くて人も多い所だからそのまま外で食べている気分だ。
露店と軽く言ったけど、その露店だっていろいろな店が本棚と同じくかなり先まで続いていて、とても賑やかだ。
もちろん朱理とリグの周りにも大勢の人が食べたり飲んだりしていて、でもやっぱり本の街なのだろう。本を片手に飲み食いしている人も・・・良いのだろうか。

賑やかさに心の中でうっすらと残っていた重い気持もだいぶ軽くなって、にこにこしながら食事を取っていれば向かい側に座って同じく食事を取るリグが
朱理の方に料理の皿を足した。

「本当に朱理は良く食べるな。見ていて気持良い」
「どうせ小さい割に良く食うって思ってるんだろ」
「否定はしない。見ていて気持良いのは本音だぞ?」
「いやそれ、あんまり褒めてないしフォローする気もないだろ、もう」

じっと見つめられながらそんな綺麗な笑みを見せられても朱理の頬は膨れるだけだ。
でも手は止まることなくパンを掴んで囓るし、フォークもスプーンも止まらない。
確かに朱理は良く食べるから、リグに笑われても仕方がないなあとは思うけど、そんな微笑ましい視線は止めて欲しい。
でも、ご飯がおいしくて止まらない。

「慌てなくても沢山あるぞ。ほら、頬についてる」
「え?どこどこ?」
「ここだ」

おまけに綺麗な笑みのまま頬を指先で撫でられて、ぺろりと見せつけられた。
どうしよう、この人。素なんだ、これが。

「リグってさあ・・・」

拭われた頬に手をあてようかな、なんて思ったけど、まだお腹の満足していない朱理は食べる事が先と
持っていたフォークを話さずにジト目でリグを見上げる。
正面ではやっぱり綺麗な笑顔のリグが首を傾げる。
綺麗で格好良いのに、この人、タラシだ。しかも無意識にトドメを刺す人だ。

「ううん、何でもない。美味しいね」
「ああ、露店だが中々だろう?私も偶に来るんだが、いつ来ても美味いんだこの辺りは」
「ふうん」

誰と一緒に来るんだろう。この目立つ人が、誰と。
なんてちょっと思ったけど、首を振ってそんな怪しい考えを消した。
さっきまで心の中にあった暗い気持ちに良く似た、けれど違う気持なんて絶対に知らないフリだ。





「しっかし広いんだなあ。本がいっぱい。どれだけあるんだろ」

食事を終えて街を見学しようと歩きはじめた朱理とリグだが、あまりの広さと本の多さに面食らって中々足が進まない。
ぽかんと口を開ける朱理の姿はリグにしてみればもう見慣れたもので可愛らしいと思うだけだけれども、
朱理にしてみれば驚くよりも呆れる気持が先に出てしまったのだ。

だって非常識すぎる。
図書館だったら朱理だって知っているし、試験の前にはお世話になっていたから本が沢山ある場所は分かる、でも、この街は違うと思う。

「全ての世界から本が運ばれているからな。ただ、この一番街はまだ少ない方だ。街の入り口も兼ねているから本より店の方が多いしな。
本も一般向けで発行の多い物ばかりだ。ああ、あんな風に本を読めるのは一番、三番、四番街だけだからな」

あんな風、とリグが視線で示した先では本棚の中がベッドになっていて、その中で大漁の本に埋もれている人の事だ。

「このまま真っ直ぐ進めば二番街だが夜は暗くしてあるし、一応夜間の出入りは禁止されている。
ああ、ちなみに二番街は魔法に関する一般向け専門書の街だ」
「よく分からないよ、その言葉。専門書なのに一般向けなのか?」
「そうだな。アカリには難しい話になるな。折角の図書館だ、ざっと説明しようか」

背中にリグの手があてられて近くの椅子に誘導された。
本の街だからなのだろうか、あっちこっちに椅子とテーブルが並べられていて、ちょっと上を向けば浮いている椅子もあって、
ああ、本当に魔法のある世界なんだなと何度も思った事をまた思ってしまう。

リグの選んだ椅子はふかふかのソファみたいなもので、一人掛け用が二つ。その間に木のどっしりとしたテーブル。
朱理を最初に座らせてくれたと思ったら、リグは近くにいる人に何やら注文している様だ。
緑色の帽子を被った、そう言えば街中で良く見る帽子の人だ。朱理の知るゲームに出てくる三角帽子みたいなもので、被っている人はみんな同じ様な格好をしている。
と言う事は。

「ああ、この帽子と服がライブラリーの職員である証だ。露店で商売をしている者達の中にもいるんだが、それも一緒だ」

やっぱり。制服みたいなものなのだろう。帽子の形は一緒でも色の違う人もいる。役割が違うんだろうか。
手ぶらで戻ってきたリグが朱理の向かい側に座ると、テーブルの上でほわん、と光が灯った。
そうして、聞こえるのは小さな鼻歌、じゃなくて呪文だ。帽子の人が唱えたのだろうか。
まあるい光は一瞬で本の大きさになって、今度は音を立ててテーブルの上に、配達された、のだと思う。

つくづく思う。本当に魔法って。

「便利だよなあ」
「概ね同意する。まあ、利用頻度の高い本のみ移動魔法を組み込んでいるだけだから、難しい本は自力で探さないといけないがな」
「はー・・・」

それにしても大きな本だ。宮殿で見た、あの世界縮図の本より大きい。持ち上げるのも大変そうだ。
視線で促されて最初のページを開けば、やっぱり、魔法が浮かぶ本だった。





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