第1部・風の宮殿、白の騎士.025 |
ライブラリー。 ガーデン・ド・サウの宮殿の真下にある街だ。 と言っても街と言うには少々違う場所で、元々は宮殿にある図書館を移設した施設で、それがそのまま街になってしまったとの事だ。 建物だけが延々と続き、単純な広さでは巨大な宮殿よりあり、誰にも知られない秘密の建物や地下室まであるとの噂まである曰く付きの、 もやは街と言って良いのかどうか判断に悩む所だ。 リグに促されるまま風呂に入って汗を流した朱理は夜のマールファンに乗って移動している。 夜空に生える白い宮殿と、煌々と輝くライブラリーの群れ。何とも言いがたい美しさで朱理を魅了する。 「綺麗だね・・・夜なのに、すごく明るい」 「休む時がないからな。宮殿も、ライブラリーも」 夜のお出かけと言う事で、リグも一度着替えてラフな格好になっている。 騎士の格好ではなく、朱理のだぼだぼの服に良く似た衣装だ。 腰にある剣はそのままだけれども、長い髪を一つに結う姿もはじめて見るもので、朱理の視線はリグにも釘付けだ。 朱理はいつもと同じ格好だけれども、どうしてこうも差があるのか。 むう、とリグを見つつ、あんまり見ていると落ち込みそうだから視線を周りの風景に戻して、また見惚れる。 本当に、綺麗だ。 そうしている内にどんどんライブラリーに近づいて、街の入り口らしいマールファンの沢山いる池に着いた。 「さあ着いたぞ。足下に気をつけて」 「ありがと、しっかし、遠くから見てもすごかったけど、近くで見るとますます、ものすごいね」 「まあ、確かに迫力はあるな」 先にマールファンから下りたリグに手を差し伸べてもらって、ふわふわと浮かぶ不安定なマールファンから下りて辺りを見る。 街の入り口は何て言うか、朱理の視線だとテーマパークみたいだ。 煌々と輝く、きっと魔法でできているのだろう球体の灯りが無数に浮かんでいて、アーチを描く入り口は煉瓦造りだ。 とても大きなアーチで、見上げれば夜の闇にアーチの上が消えてしまっている。 アーチの向こう側がライブラリーで、建物の中になっているが、街の入り口としても使っているのだろう。 元々は図書館らしき建物の内部は全てが開けっ放しで、沢山の人で溢れている。 その向こう側には本棚らしきものが遠く霞んで見える。比喩的な表現ではなくて、本当に、遠く霞んで見えるのだ。 「はー・・・果てがないよ、リグ」 何だか驚くよりも呆れてしまう広さだ。 ずーっと建物なのに果てがない。まるで地平線まで続くかの様だ。ぽかんと口を開ける朱理にリグが笑いながら背中を押してくれる。 「まだまだ序の口だ。ここはライブラリーの最初の街、一番街と呼ばれている。今出来上がっている街は七番街までで、八番街、九番街を建設中だ」 「ふえー。本当に果てしないんだな、この街」 「書物と人が増える度に増設しているからな」 「だから上から見ると統一性がないんだ」 「そうだな。それがこの街の売りだ」 案内されながらきょろきょろと街を見渡して、また呆れる。 だって、広いくせにごちゃごちゃしていて、あの美しい宮殿とは正反対なのだ。 建物の中だからなのだろう、元は本棚だったらしき巨大な棚の群れはそのまま商品棚になっていたり、ちょっと目を疑うがベッドらしき本棚も見えてしまったし、通りには露店が並んで美味しそうな匂いで溢れているくせに、遠くでは本の詰まった本棚が並んでいる。 「楽しいけど、不思議だな。しかも夜なのにすごい明るいし」 何より、夜だと言うのに昼と変わりないくらいに明るいのだ。 高い天井に浮かぶ魔法でできた球体の灯りが多いからだろうか、それとも何か違う光源があるのだろうか。 電気はなさそうな世界だから魔法だろうとは思うけれど。 「一番街、三番街、四番街のみ昼も夜も関係ない様に魔法で明るくしているんだ。他の街はそれなりに暗いはずだぞ」 「何でその街だけなんだ?」 「人が多い街だから、と言うのとその街にある書物が一般向けだからだ」 「はあ・・・」 もう何が何だか分からない。目眩がしそうな感覚だ。 それでも歩く通りはしっかりとしているし、何より周りの人達が楽しそうだ。 リグと一緒に歩きながらあちこちの説明を受けて、きょろきょろしては周りの人達に微笑ましい視線を向けられてしまう。 それでも、誰も朱理の事を異端視しない。と言うよりこの街は随分と。 「沢山の種類の人がいるんだな。ここで目立つのってオレよりもリグの方?」 そう、黒髪の子供である朱理よりも長い銀髪のリグの方が目立っている様だ。 宮殿ではもちろん見慣れない朱理の方が目立つし、リグは偉い人だから目立つ。けれど、ここでの目立ち方は違う。 「私の髪の色は珍しいものだからな。アカリの色も目立つが似た色がいるだろう?けれど銀色はあまりいないんだ」 「そっかあ。リグが格好良いから目立つのかと思ったよ」 さらりと漏れた言葉に一瞬リグが目を見張って、とても綺麗な笑顔になった。 そんな柔らく綺麗な笑みを見てしまった朱理の頬が染まってしまう。 いやだって、格好良いじゃないか、リグは。本当にそう思ったのだ。子供の朱理より格好良いリグが目立つのだろうと、思ったのだ。 「ありがとう。そう思ってくれるとは嬉しいな。さあ、好きな物を沢山注文すると良いぞ」 口の中でもごもご良いながら赤くなった朱理にからからとリグが笑う。良く笑う人だ。 最初は冷たそうな印象だったのに、何かにつけ良く微笑んだり笑ったりする。綺麗な顔をしているから笑顔も綺麗で、見惚れてしまうじゃないか。 「うー。もう、そんなに笑うなよ」 「はは、すまない。ほら、あの席に座って食事にしよう。昼食から食べていないのだから腹が減っているだろう?」 「そう言われればお腹も減ってるけどさあ」 確かに疲れて眠ってしまったから朱理の薄い腹がきゅう、と鳴きそうではある。 促されるまま露店の前に出ているテーブルに近づけばとても自然な仕草でリグに椅子を引かれる。 この仕草にも慣れつつある自分が恐ろしいけど、あんまりにも自然だからついついそのまま座ってしまう。 「お勧めは何だろうな、ちょっと待っていてくれ」 「ん、ありがとね、リグ」 露店まで買いに行ってくれるのだろうリグに朱理が礼を言う。 こんな時でも、いつでもちゃんと礼を述べる朱理はリグから見ればとても良い子だ。 戸惑いも恐れもあるだろうに、ちゃんと礼を言えるし節度もある。目を見張る速さでいろいろな事を吸収し、自分の中で理解しようとしているのだろう。 今もはじめての街をきょろきょろとしては微かに頷いたり、何かに納得した仕草を見せている。本当に、良い子だ。 「礼を言いたいのはこちらなんだがな」 朱理から離れたリグが一人呟く。 まだ詳細が分からぬとは言え、朱理の様な何の罪もない子供を巻き込んだのは確実にこちらなのに、怒るでもなく日々勉強だと頑張る朱理。 いつだって、感謝したいのはこちらなのだと。朱理の様に素直に言えないのは年の所為か性格の所為か。 「仕方がない。アカリの好みそうな物を買うとするか」 この街には食事をする露店だけではなく、様々な露店が出ている。あまりこれが欲しいと言わない朱理の為にもいろいろとリサーチしたいリグだ。 欲がないと言うよりはまだ何を欲したら良いのかも分からないのだろう。最大の欲するもの、朱理の弟はまだ見つからないのだから仕方がないと言うべきか。 不憫だと思うよりも力になりたりと思う。あんなに一生懸命な朱理を心から応援したい、力になりたいと思うのだ。 まあ、さしあたっては旨い食事と朱理の欲しがりそうな物を探す事だろうかと。 テーブルに残した朱理を何度か振り返りつつも顔を緩ませるリグだった。 |
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