第1部・風の宮殿、白の騎士.024




と思っていたのだが、リグの心配は大げさじゃなくて、朱理を見て判断したらしい。
なぜならばお昼ご飯の途中で眠たくて眠たくて、うっかりフォークを落としてしまったからだ。
いろいろな事を詰め込みすぎた朱理の身体と心はとっくに限界値を超えていたのだろう。
リグの苦笑する雰囲気を感じたけれど、すでに意識は夢の中。
運ばれる暖かい感触すら気持ち良い眠りの誘いで、朱理はしっかりと夢の国に旅立っていた。



そこは、真っ青な、青だけの世界。
空も、陸も、青。いや、これは陸じゃなくて、海だ。
朱理の知る潮の音よりだいぶ緩やかな、知らない海。

ふわふわと。ぷかぷかと。
仰向けに浮かんで、朱理は空を見ている。
海は暖かくて気持ち良いのに、心の隅っこの方に例えようのない寂しさと絶望を感じて。


快晴の空はガーデン・ド・サウより濃くて、でも朱理の知らない空。

『・・・朱理?』

朱理の声が朱理を呼んだ。



違う!全く同じ声だけど、朱理を呼ぶのは朱理じゃない。海理だ!

「海理!」

叫んで、手を伸ばした所で目が覚めてしまった。

「・・・ゆ、め?」

夢にしてはリアルだ。朱理の知らない世界。朱理の知らない空と海。だったらあれは、海理の見たものなのだろうか。
吐く息は荒く、ぜいぜいと喉を荒げて胸元をぎゅっと握る。こんな夢、はじめてだ。

「海理なのかな・・・どこに、いるんだ?」

まだ見つからない海理を思えば朱理の心にどうしようもない寂しさと、心の隅に普段は見ない様にしている絶望がぽかりと口を開ける。
ああ、そうか。海理も一緒なのか。朱理と同じ気持ちなのか。
不思議と納得できた。海理も、この見知らぬ世界で朱理と同じ気持ちなのだろうか。
でも、朱理にはリグやみんながいるけど、海理は?

「・・・考えても分かんないよな・・・はあ、って。夜になってたのか」

どうやら昼寝を過ぎてしまったらしい。気付けば寝室の中は微かな間接照明だけで、すっかり夜だ。
もそもそとベッドから下りれば寝間着ではなくて、普段の衣装のままだった。

「いっぱい寝ちゃったな。どうしようかなあ」

いっそ朝まで寝ていれば良かった。こんな夜に目が覚めても困るだけだ。
考えながら寝室の扉を開ければリビングはまだ灯りがついていて、リグがテーブルの上に書類を広げていた。

「あれ?リグ・・・?」
「アカリか。目が覚めたのか。どうした?酷い汗だぞ?」

ぽかんと口を開ける朱理にリグが心配そうに近づいてくる。
大きなリグは身をかがめて朱理の額に浮いた汗を拭ってくれた。

「リグこそ、まだ起きてたの?仕事?」
「まだ、と言うには早い時間だが、ちょっとした書類整理だけだ。アカリが気持ちよさそうに眠っているから離れがたくてな。しかし汗が引かないな。一度風呂に入った方が良さそうだ」

撫でられたら気持ち良くて大きな瞳がうっとりと細まってしまう。猫が懐く様な姿だ。
少しの間そうやってリグに撫でてもらって、ちょっと元気がでた。息を吐いて、でも手はリグの服を握ったままで小さな声を落とす。

「夢で、海理を見た・・・海に浮かんでるみたいだった」

小さな声は静かな室内に思いの外響いた。
目を閉じれば鮮やかに思い出せる。快晴の空と青い海。不思議と寒くはなく、気持ち良いのに心にある寂しさと、絶望。
思い出せばぶるりと身体が震える。

「それは、本当か?」

震える朱理をそっと抱きしめてくれたリグがとても真剣な声で聞いてきた。
どうしたのだろう、今まで聞いたことのない声だ。思わず顔を上げれば表情も真剣でじっと朱理を見ている。

「ほ、本当だよ。海だった。暖かいなって思って、空がここより青い・・・くらいしか分からなかったけど、海理の声だった。俺と同じ声だけど、海理だったよ」
「そうか。良い事を聞いた。それは間違いなくイーガシアースだ。よし、カイリの捜索範囲をイーガシアースに絞れるぞ!」
「・・・え?」
「イーガシアースは海の世界だから範囲が狭くなったとは言い切れないのがもし訳ないが、キキシャイロウと二分するよりは範囲が狭くなる。明日にでも早速伝えよう」

どう言う事だろう。朱理の夢なのにこんなに喜んで、知らない世界だと確信するだなんて。
ぽかんとリグを見ていたら嬉しそうに笑んだリグが朱理に座る様に勧めてくれながら教えてくれた。

「大丈夫、良くある事とは言わないが、全くない事ではない。ある程度魔力のある者なら共感し合い夢になる事もある。アカリとカイリは双子だと言っただろう、恐らく他の兄弟よりも繋がりが強いはずだ。そのアカリが見たことのない世界ならば間違いないし、イーガシアースの空は濃く、海は暖かいんだ」

不思議な世界だ。夢なのに夢じゃないのが直ぐに分かるなんて。
嬉しそうなリグに反して朱理は不思議な顔のまま椅子に座ってぼんやりしてしまう。
慣れてきたと思った世界だけれども、まだまだ不思議でいっぱいだ。

じいっと嬉しそうなリグを見ていれば少しだけ安心できてほっとできるけど、まだ心の底に残るものがあって朱理の表情は浮かない。
そんな朱理を見たリグが気を遣ってくれたのだろうか。また頭を撫でられてにこりと笑んだリグが軽やかに朱理の手を取った。

「さあアカリ。少しだけ進展したお祝いにちょっと出かけようか。夜だが沢山眠ってしまって直ぐに眠れないだろう?一度汗を流してから出かけよう。夜のライブラリーは旨い出店が多いんだ。楽しいぞ」




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