第1部・風の宮殿、白の騎士.023




ばいばい、と手を振って執務室から出た朱理はリグと一緒に部屋に戻った。
はじめての外出、と言って良いのだろうか。いろいろな体験をし過ぎて、ちょっと疲れた。

くりきんとんマールファンは朱理に懐いている様だったけれど、やはり王様用なのか、ヴァンから一定距離以上は離れず部屋で別れた。でも、朱理の周りには水色のマールファンがどこからともなく漂ってきて、何匹かふわふわと浮いている。

「部屋にまで入ってこなくてもいいと思うんだよなあ」

それは朱理の部屋の中までついてきて、ふわふわと部屋の中に浮かんでいる。しかも、5匹もだ。

「出たければ窓から出るから心配はいらないだろう。少し開けておくと良い」
「では開けておきますね。部屋の中でマールファンを見るのははじめてです。アカリ様、本当に好かれてるのですね」

部屋に残っていたモアが笑いながら窓の一つを開けてくれる。あんなに外は風が強かったのに、窓から入ってくる風はふんわりと心地良い。そして、風と一緒にもう一匹増えた。

「あ、夜のマールファンだ」

今度は羽根の黒いマールファン。他のマールファンより一回り小さくて、部屋に入ってきたものの、なぜか真っ直ぐテーブルの上に落ちて動かなくなった。

「え?つ、墜落・・・?」

マールファンでも墜落するのか!?驚いてテーブルに駆け寄った朱理にリグとモアも驚くが、リグの方が立ち直りが早くて、大きく息を吐くと苦笑した。

「墜落ではない。黒のマールファンは夜行性で、昼間は動きが鈍いはずだ」
「夜行性・・・?って事はひょっとして、鈍いんじゃなくて、寝てるのか?」

テーブルの上で夜のマールファンはじっとしている様に見える。当然寝息なんて聞こえない。そもそも寝起きするイキモノなのだろうか。鈍いだけなのだろうか。つんつんと指先でつついでも動かない。

「・・・何だかなあ。これ、このままでいいのかな」

動かないマールファンにむう、と考え込んでしまう。朱理が一人で唸っていたらモアがどこからか小さな籠を持ってきた。籐で編んである籠で、それはどう見ても。

「流石にテーブルの上では居心地が悪いと思うのです。アカリ様、入れてあげて下さい」
「居心地って言うか寝床じゃん。そう言えばマールファンって巣とか家とかあるのか?」
「基本的にマールファンは水精霊だ。巣も家も全ては水で、イーガシアースの海がマールファンの故郷だとは聞いているから、この場合だと籠より水槽なのだろうか・・・」
「海って言うとしょっぱい水だよね」
「ですよねえ。籠より水槽をお持ちした方が良いのでしょうか」

今度は三人でうーん、と唸ってマールファンを囲んでみるけど、唸ってたってどうしようもない。結局モアの籠に入れて窓の近くに置いてあげた。

「アカリ様、もうお昼になりますがどうしますか?」

そうだ。すっかり忘れていたけど、もうお昼の時間だ。いろいろあり過ぎた所為で時間の感覚もおかしくなってしまった。思い出せば朱理の薄っぺらい腹がぐう、と鳴いた。

「もうお昼かあ・・・お腹空いた」
「では昼食だな。モア、頼む」
「はい。畏まりました。もうちょっとだけ待っていて下さいね、アカリ様」

この世界の食事は朱理の良く知る料理ではないけれど、見たことのある料理ばかりだ。洋食の、少し昔っぽい雰囲気のご飯。とでも言えばいいのだろうか、まあそんな雰囲気の料理が多い。この宮殿もそうだけれども、見かけ通りの食事だ。




モアと給仕の人達が準備してくれて、最初は朱理も手伝おうとしたのだけれども、慣れない準備だと邪魔にしかならなくて割と最初の頃にあきらめた。だから、こんな時はリグと二人でぼけっと待っている事しかできない。

「出歩いて疲れただろう。昼食の後は昼寝にするか?」
「んー。疲れたけど、まだ大丈夫だよ。移動してただけだし、そもそも働いてもないのに疲れてなんかないって」
「だがアカリには慣れぬ世界だ。無理はするなよ」
「大丈夫だって。リグは心配性だよ」
「しかしな」

けらけらと笑う朱理にどこまでもリグは心配性だ。と言うよりもリグみたいな大人から見れば朱理はだいぶ小さい子供に見えるのだろう。確かに身長も悲しいかな小さいし、身体も細い。そんな朱理が元気に見えていろいろと内に抱えている事も分かっているから、なのだろう。

心配を有り難いと素直に思えるのもリグの人徳なのだろうか。本当に、リグの心配性を感じる度に思う。この訳の分からない世界で最初に出会えたのがリグで良かった。本当に、良かった。

「ありがと、リグ。じゃあご飯食べたらちょっと昼寝にするよ」

嬉しいなあ、なんて思いながらにぱっと笑ってリグを見上げればほっとした様に安心されてしまった。うん、それは何だかなあと思うよ。




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