第1部・風の宮殿、白の騎士.022




金色だ。うん。確かにアカリの予想通りの色だった、流石、王様専用だ!
でも、あれは金色って言ったらいけない様な気がする。だって、例えるなら、くりきんとん色。
そう、マールファンなのに、美味しそう。な色だからだ。

「すご、羽根まで金色・・・でも、ちっちゃいね」
「ああ。あれは人を乗せないからな」
「・・・?」

本棚の、丁度本が抜けている所にちんまりと収まっている、羽根も本体も金色、じゃなくて、くりきんとん色のマールファン。こいつはもうくりきんとん、って名前で良さそうだ。

「一応、陛下の護衛用であり、あれで攻撃魔法を吐くらしいぞ。今まで一度も見たことはないが」
「はあ・・・攻撃魔法を吐くマールファン・・・どうやって?」
「私に聞かないでくれ。護衛用としてマールファンマスターから贈られてはいるんだが、いかんせん人に懐かない上にいつもああやって狭い所にすぐ入り込んでしまうからな。それでも一応陛下からは離れようとしないんだが・・・」
「変なの」

不思議なイキモノ(?)だ。リグに分からないなら朱理に分かるはずもない。ヴァンを見れば首を横にふっているから、やっぱり分からない。
それでも、視線をくりきんとんマールファンに合わせれば、なぜか本体をふるふると振るわせて飛んだ。しかも朱理の方にふよふよと向かってくる。

「あ、こっちきた」

人に懐かないと聞いたのにアカリは別なのだろうか。飛んできたマールファンに思わず手を差し出したら朱理の手のひらの上にすっぽりと収まってしまった。水色のマールファンと同じ感触で、ゼリーだ。くりきんとんのくせに。

「何だ何だ、アカリには懐くってのか!」

そんな朱理とくりきんとんマールファンにヴァンが盛大にしかめっ面になった。子供っぽい王様だ。隣でアシードが溜息を落としつつヴァンの肩を押さえている。

「オレに懐いてるのかなあ?」

これが猫だったら喉でも鳴らしてくれれば分かるし、犬だったら尻尾でもふってくれれば。だけれども、表情のないマールファンじゃ何もわからない。ただ朱理の手の平で小さな金色の羽根を羽ばたかせてみたりしているだけ。何だか可愛い。

「人に近づかないから、懐いていると見て良いのだろうが・・・」

朱理の上からマールファンを眺めるリグも困惑顔だ。手の平をすいっと上げてリグに近づけてみれば、くりきんとんマールファンはふよふよと浮かんで、朱理の顔の前にきた。そのままふよふよと浮かんでいる。

「これは懐いたな。港でもマールファンに懐かれていたから、アカリは懐かれやすいのか」
「そうなのか?」

朱理にはマールファンなんて不思議イキモノの事は分からない。でもまあ、懐かれて嫌な気もしないけれど。

「マールファンに懐かれると言う事は世界に愛されていると言う事にもなりますよ。アカリはこの世界にとってもお客様なのでしょう」

皆で首を傾げていたらアシードも輪に加わった。ヴァンも来て皆でくりきんとんマールファンを中心にひとしきり唸って、けれど結論なんて出ない。

「まあ、ひとまずお茶にしましょうか。もう休憩時間ですし」
「そうだな。皆、休憩にするぞー」

ヴァンの一声であちこちから声が上がった。皆忙しそうだし、ちょっと仕事の邪魔しちゃったかも、なんて思った朱理にリグが軽く頭を撫でてくれた。

「アカリの大きな瞳は口よりも雄弁だな。何も気にする事はないぞ」

この数日で分かった事は沢山ある。さらっと照れくさい事を言うのもリグと言う人で。

「そうそう、アカリは大事なお客様なんですからね」

にっこりと微笑む綺麗な顔が実はアカリに対してだけちゃんと笑っているのがアシードで、リグに対しては一応ちゃんと笑ってるけど、ヴァンに対しては明らかに温度が違うからちょっと怖い。

「マールファンの懐かれっぷりからするに、世界のお客様なんだろうな、アカリは。こりゃ良いヤツに出会えたな」

ただ、ヴァンだけは良く分からない。背の高い人たちに囲まれつつも促されるままお茶の席につけば、くりきんとんマールファンも一緒についてきた。




執務室での休憩時間は、それぞれ他の部屋に行ったり、執務室内でテーブルを広げたり、の様だ。
準備が大変そうだけど、さすがファンタジー。あっちこっちで鼻歌みたいな呪文が聞こえたなと思うと一瞬でテーブルセットが用意されて出てくる。中でも一番大きなテーブルはヴァン用らしく、アシードがぽん、と出してくれた。
お茶とお茶菓子は部屋の外から運ばれてきて、甘い匂いの紅茶と、お茶菓子はクッキーと小さなケーキだ。

アカリは両脇をヴァンとリグに囲まれて、ただでさえ悲しい身長が余計に小さく見えてしまっているし、正面からはアシードに微笑ましそうに見つめられて正直、居心地があまりよろしくない。
くりきんとんマールファンはテーブルの上の、アカリに一番近い所にちんまりといる。

「なあ、魔法って、オレには歌みたいに聞こえるんだけど、あってる?」

人によって歌の内容も違うと思うのだが、何を言っているかは全く聞き取れない。前々から不思議に思っていた事だ。

「そうですね。魔法には詠唱と言う魔法を発動させる呪文が必要ですが、おおむね歌の様に唱えますからね。何を言っているか聞き取れますか?」

答えてくれたのは一番魔法に詳しそうなアシードで、試しに、と小さく歌を歌って指先に灯りをともしてくれた。

「さっぱり。全然聞き取れない」

でも、歌の中身はさっぱりだ。首を振る灯りにアシードは微笑むと指先に息を吹きかけて灯を消す。便利だ。

「歌が聞き取れないのであれば、残念ながらアカリには魔法の才能がないと言う事になります。反対に、聞き取れるのであれば魔法を使う才能があると言う事になります。これは誰にでも聞き取れるものではありませんから安心してください。リグだって聞き取れないんですからね」
「え?」

驚いた。でも、マールファンで飛ぶ時に魔法を使っていた様な気がするのだが。リグを見上げれば苦笑しながら、なぜかテーブルの中央にあったクッキーを朱理の皿に勝手に盛っていた。

「私は厳密に言えば使えない部類になるのだが、なぜか魔力だけがあるらしい。マールファンを動かしたり、力のみで物を破壊したりはできるが、詠唱は聴き取れない」
「そっかぁ」

ヴァンを見るとにやりと妙な笑顔で見られた。この笑い方だと。

「俺は使える方だ。ただ、アシードにはもちろん負ける。これでガーデン・ド・サウ最高の魔術師だからな」
「褒めても何も出ませんし、私より上は沢山いらっしゃいますからね」
「嘘つけ、お前より上ってイーガシアースのあいつしかいないだろが」
「それでもです。奢りは良くありません」

やっぱりそうだ。
しかし面白い、と言うのも何だけど、面白い。朱理にはさっぱり分からない魔法だけれど、こうして目の前で見られる日が来ようとは。
リグを見て、ヴァンを見て、アシードを見てからくりきんとんマールファンを見ればなぜか朱理に懐いているらしい金色の本体がぷる、と震えた。





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