第1部・風の宮殿、白の騎士.027




「宮殿で見た物と同じ造りで、これはライブラリーの案内書になる。街の概要と注意点等が浮かぶ様になっているが
アカリには読めないから説明しよう。空間図になっているから分かり易いぞ」
「ありがと、にしても、見れば見るほど、何て言うか変わった街だよなあ」

開いた本にはライブラリーの展開図が立体でぽん、と出てきて、マールファンから見た建物と一緒だ。
流石、魔法。こうなると何でもありだなあと建物の群れを眺めて感心してしまう。
本を移動させたり、こうやって、朱理の世界では遠い未来の話みたいな立体ホログラムだと思われるものがあったり。

建物達は縮小されていても、見れば見る程に不釣り合いな群れで、何の統一感もない。
どんな仕掛けをしているのか、建物のあちこちから人のざわめきが聞こえてくるし、建物と建物の継ぎ目もちゃんとある。
どうやら継ぎ目の部分には緑があったり池があったり、普通の家があったりする様で、さらにライブラリーの統一感を崩している。
おまけに、ご丁寧にライブラリーの周りを小さなマールファンまで飛んでいる。一日中眺めていても飽きない本だ。
身を乗り出して眺める朱理にリグが微笑みながら建物の一部を指先で突いた。

「変わっている事に反論はできないな。ああ、建物の屋根を外すと中身が見えるぞ」
「え、うわ、ホントだ!すげー!」

教えてもらった通りに建物の屋根は手で掴めて、持ち上げれば朱理には読めない文字が浮かんだ。
もちろん建物の中身も見えて、小さな人が移動している!
思わず歩いている人を突けば本の中だと言うのに朱理の指先に対して思い切り怒っているではないか!・・・不思議すぎる。

「・・・怒られたよリグ」
「それは怒るだろうな。今朱理が突いたのは三番街の中だ。一番街がこれ。前にも説明した通り、最初の街でライブラリーの入り口だ。
三番街よりも露店が多いだろう?」

大きな目をぱちりとしながら驚く朱理の言葉をさらりと流したリグが、一番街の屋根を持ち上げて説明してくれる。
確かに一番街の中は露店が多い。と言うより本棚よりも露店が多い。気のせいか一番街から美味しそうな匂いがしそうだ。

「三番街には露店じゃないけど大きな隙間があるんだな。これは何?」
「ああ、これは宿だな。三番街には一番大きな宿があって、ライブラリーで学ぶ人達の逗留所にもなっている」
「へー。っと、これが二番街かな。暗くなってる。って言うか本の中なのに時間の概念があるんだ・・・」
「アカリ、残念だがそれは六番街だ。禁書のエリアが見えない様になっているだろう?六番街は歴史書に専門書、それに禁書の街だ」
「・・・???」

屋根を持ち上げるごとに文字が浮かび上がる。けど、朱理には読めない文字だ。
説明を聞いても良いのだけれども、こんなにも面白そうな本を相手に文字を読めないのは辛い。

「文字、読める様になりたいな」
「ふむ、確かに不便だな。今こうして会話は成立できるがどうも朱理の口の動きと言葉が一致しない時もある様だし。
アシードに聞いてみなければ分からんが、何かが違っているんだろうな」
「へ?」

何を言っているんだろう。
唐突にリグの言葉が理解できなくて首を傾げれば、長い指先が朱理の唇を指差した。

「普通に会話はできているが、偶にアカリの言葉と唇の動きが違う時がある。最初、全く言葉が通じなかったからだろう。
この世界の言葉とアカリの発する言葉に差があると言う事で、魔法も完璧ではないんだ」
「そ、そうなのか・・・?」

ちゃんと通じていると思う。のだけれども、リグが言うにはそうなのだろうか。
それにしても唇の動きと言葉が違うだなんて朱理には一生分からなそうだ。感心してリグを見れば小さく溜息を落とされた。

「朝になったらアシードに聞いてみるか。私も魔法は専門外だが、魔法は何でもできる訳ではない。肝心な時に役に立たない時も多いしな」
「・・・リグ?」

何だろう、リグの表情が今までと全く違う。例えるなら、苦しそう、だろうか。
朱理には理解できない世界で、分からない事ばかりだけれども、魔法にも何かあるのだろうか。
どうする事もできない朱理はただリグを見ているだけだけれども、リグの方は一人で勝手に首を振って考えを打ち切った様だ。

「すまんな。追々、いろいろと説明しよう。折角ライブラリーに来たんだ。まだ遊び足りないだろう?」
「んー。そうだね。でも、今は夜中なんだろ?遊ぶってどうやって?」

また柔らかい笑みを浮かべるリグに朱理も合わせるしかない。
きっと、今いろいろ説明してもらっても朱理には難しい話なのかもしれない。
そう思う事にしてにぱっと笑みを浮かべれば頭を撫でられた。小さな頭はリグの手には丁度良いらしく、撫でやすそうだ。

「ふふ。真夜中でも楽しめる街がある。ここもそうだが、六番街の方が賑やかだぞ。少し遠いがカトルガもある」
「ここにもあるんだ。じゃあ行こうよ」
「・・・ありがとう、アカリ。さあ、行こうか」
「うん」

大きな本を閉じて立ち上がる。
お礼を言われてくすぐったいけれど、聞かなかったフリをすれば嬉しそうに微笑んだリグにまた頭を撫でられた。




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