第1部・風の宮殿、白の騎士.028 |
図書館なのにあんな遊べる場所があるなんて信じられない。 魔法あり、歌と踊りもあり、マールファンだって踊っている様に、 って言うか建物の中なのに何であんなにマールファンが遊んで(いる様にしか見えなかった)いるのかも分からない。 不思議すぎる。もう朱理の常識で驚くのは止めた方が良いのかもしれない。 何だか驚くよりも呆れてしまったのは、遊ぶ場所があるとリグに言われた六番街が図書館なのにまるで歓楽街だったからで。 結局朝まできっちりと遊んでしまった朱理はもうへろへろだ。 マールファンに乗って宮殿に帰って来る頃には朝日も昇りきった頃で。 快晴の、風の強い廊下でうっかり飛ばされてしまいそうだ。 「少しはしゃぎすぎたか。大丈夫か?できれば夜まで眠らないで欲しいのだが」 「分かってる、今寝たらまた眠れなくなる。分かってるけど、疲れたよ」 「あれだけはしゃげばな。楽しそうで何よりだ」 「リグだって遊んでたくせに、どうしてそんな疲れてません!って顔なんだよ」 「一応鍛えているからな。ほら、アカリは先に部屋に戻って風呂に入れ。その間に陛下に報告もあるし、私も着替えなければいけないからな」 「分かったー」 ふらふらと歩く朱理の背中をリグが支えてくれている。もう遊びすぎて疲れてうっかり眠ってしまいそうだ。 リグの言葉の半分くらいしか頭に入らなくて、そのまま部屋に戻ればモアが笑いながら朱理を引き取ってくれた。 一晩中遊んだ朱理とは違って、ちゃんと睡眠を取っているモアは爽やかで可愛い笑みを浮かべながら朱理のお風呂支度を手伝ってくれる。 朱理よりも年下で小さいのに、とても気配り上手なモアには感謝するばかりだ。 「はー。やっぱりお風呂気持いい〜。モア、ありがとな」 「いいえ、どういたしまして。ライブラリーは楽しかったですか?」 「楽しかった!図書館なのに遊ぶ所が多くてびっくりしたけど、楽しかったよ」 ちゃぷちゃぷと大きな湯船に浸かる朱理に笑顔で答えるモアは浴室に小さな椅子を持ってきて座っている。 朱理の睡眠防止役だ。 いくら何でも湯船で眠る事はないと一応抗議はしたけれど、心配されたのだろう。 部屋に入るときにしっかりとリグにお願いされたモアは仕事です!と垂れた瞳を輝かせて浴槽にいる。 朱理としても一人より話し相手がいた方が嬉しいとは思う。でも、風呂の中では一人でも・・・とも思う。 それでも話しやすいモアと、いろいろお喋りするのは好きだ。お喋りついでにと背中まで洗ってもらって、さっぱりはしたけれど、 何だかなあと言う気持にもなって部屋に戻れば朝食が用意されていた。 リビングにある大きなテーブルに5人分の食器。 「あれ、今日はいっぱいなんだな」 「そうですね、どうされたんでしょうか?」 リグとモアは必ず一緒に食事を取るが、ヴァンとアシードは仕事の忙しさからそう多くはない。5人揃う事もはじめてだ。 着替える為に寝室に向かいながら首を傾げていれば、後から付いてくるモアも首を傾げている。 「まあいっぱいの方が賑やかでいいけど」 「ワタシは少し緊張してしまいます」 「偉い人ばっかりだもんなー」 「はい」 少し照れた風に苦笑するモアに朱理が笑う。 確かに朱理の身近にいる人達は偉い人ばかりだけれども、朱理が緊張する事はない。 不思議に思うよりも前に、全く違う世界ではじめて出会った、優しい人だと思う気持の方が強い。 信頼できる(格好良くて綺麗な)お兄さん、みたいな人達だと思っているのだ。 対するモアはやはり緊張するのだろう。 朱理に接する時とリグに接する態度が違う。それだけ、同じ世界の人よりも朱理に懐いてくれているのは嬉しいと素直に思う。のだけれども。 「でもモアだって偉い人なんだろ?」 そう、モアだって偉い人だ。と言うより偉い人の見習いと言った方が良いか。 モアの両親がガーデン・ド・サウの大臣と高位魔導師との事で、モアも魔導師の見習いだ。 今はアシードを師として学びながら朱理の世話もしてくれる。実はすごい人なのだ。 「でも、偉いのは家族でワタシではありません。ワタシはまだまだです」 「そんな事ないと思うけどな。オレはすごい人だと思ってるよ」 心からそう思う。にぱっと笑えばモアの顔がぼん、と赤くなった。可愛い。 「ワ、ワタシはお茶の準備をしてきますっ」 「あはは、真っ赤だ。ありがとね、モア」 逃げる様に寝室から出るモアだが、去り際にちゃんと朱理の衣装を真っ赤な顔で手渡してくれる。 朱理一人でも用意できるけど、いろいろと動いてくれるモアに改めて礼を告げれば華奢な後ろ姿がちょっとよろめいて、寝室の扉がやや乱暴に閉じられてしまった。 「かーわいいなあ」 あんな可愛い子、弟だったらなあ。なんて思ったけど、瞬時に朱理の片割れ、海理のちょっと怒った顔が浮かんでしまった。 心の中で謝りつつ、バスローブを脱いで着替える。浴室から寝室までの移動だけなのに着替えるなんてもったいないなあとは思うけど、 モアが用意してくれるのならこれが正解なのだろう。 生活様式も朱理の世界とはだいぶ違っているし、とても親切にしてくれている人達を疑う事も反発を覚える事もない。 ただただありがたいなあと感謝する日々だ。 「よっし。と、着替え終わり!」 用意してくれたのはもうお馴染みの白い布みたいな衣装と、今日は深い赤の帯。朱理には結べない難しい帯だ。 部屋を出ればリグに直されるけど、とりあえず適当に結んで部屋を出だ。 部屋を出ればもう朝食の準備が終わっていて、美味しそうな料理が沢山並んでいる。 今日の朝食は数種類の料理とパン、果物に飲み物。毎日豪華だ。 沢山食べる朱理だから食事が美味しいと自然にご機嫌になる。見かけによらず山ほど食べる朱理の為に三食とも量が多めなのもまた嬉しい。 知らず嬉しそうな笑みを浮かべる朱理にお茶の用意をしているモアが笑って、手を止めて椅子を引いてくれる。 そこまでしなくても良いのに、とは思うけどこれもモアの仕事なのだと言われては邪険にもできない。 本当は朱理も手伝いたいのだが、お茶を入れるにも複雑な手順があり、食事の準備に至ってはコックの仕事を取らないでくれと言われ、大人しく席に着くしかないのだ。 微かな音を立てて朱理の前にカップが置かれる。 今日のお茶は酸味の強い香りだけれども、ふんわりと花の匂いもする。 「今日も美味しそうだな。ありがと、モア」 「ワタシ、アカリ様が美味しそうに食事をするの、好きです」 「オレも、モアのお茶好きだよ」 ふふ、と二人で笑いあっていると、大きな音を立てて部屋の扉が開かれる。 こんな乱暴な開け方をするのは一人だけ。 「おはようアカリ!今日も良い天気だ。さあ、朝帰りの感想を聞こうじゃないか!」 「陛下、朝から何ですかその野蛮な大声は。いけませんよ、モアが驚いているではないですか」 ヴァンだ。本当に、姿形はリグに似ているのに中身が別人だ。 華やかな雰囲気のヴァンの後ろからは苦笑いのアシードと、一歩遅れて着替えてきたリグが続いて、早速アシードに注意されている。 リグは苦笑しながら朱理のそばまでくると視線だけで立ち上がる様に促して。 「帯は難しいな」 「うん、分かってたけど、そうだなよな」 やっぱり適当に結んだ帯を直された。くるくると巻いて結んで、だけなのに難しいものだ。 大人しくされるままになっている朱理をヴァンとアシードがにまにましながら眺めている。 いや、アシードは微笑ましい笑顔だけれども、ヴァンは口元がむずむずして何かを言いたいのに頑張って我慢しています!な表情だ。 「あのね、ヴァン。そんな顔してるんだったら言っちゃった方がスッキリすると思うよ」 仕方がないので両手を腰に当ててヴァンを見上げれば、とても失礼な事にブハッっと吹き出されて大笑いされてしまった。 |
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