第1部・風の宮殿、白の騎士.029




朱理の滞在する客室はとても立派で豪華で、広い。
朱理一人だけなのに、最上級の持て成しをしてくれている。とてもありがたいと思うし、モアもリグもいるから広い部屋で寂しいと思う事もない。

のだけれども、朝食の席に国の重要人物がずらりと揃えば広い部屋もちょっぴり狭いと思ってしまうし、
どうしてもサイズの大きな人が多いので余計に圧迫感があるのか、いつもの朝食だけれども、恐縮しっぱなしのモアが気の毒だ。
おまけに部屋の中にはまだマールファンが何匹かふよふよと好き勝手に浮かんでいて、ヴァンのくりきんとんマールファンも浮いている。
どうやら朱理を目当てに付いてきたらしく、ヴァンの服の裾から出てきたくりきんとんマールファンは朱理の側でふよふよしている。
ちょん、と突けばふるふると震えて何だか嬉しそう?に見えた。

朝食の席は朱理の両隣にモアとリグ。正面にはヴァンとアシード。なんだか空気がきらきらと輝く人達ばかりだ。
それぞれ席に着いて朝食を取って、美味しい料理に満面の笑みを浮かべる朱理がまた笑われたりして、賑やかに楽しく食事が進む。

そうして、だいたい食べ終えた頃に食後の珈琲を飲みながらヴァンがのんびりと頬杖をついて朱理を見た。
ゆったりとした動作に自然と視線が吸い寄せられた。何だろう、自然なのに不自然な仕草だ。
プリン(だと思われるデザート)を掬っていたスプーンを止めてヴァンを見れば、とても綺麗な微笑みを向けられる。

「リグから話は聞いたぞ。イーガシアースに使者を出そうと思ったんだが、丁度今朝、向こうからも使者が到着してな」

ふふ、と笑うヴァンにアシードもリグも笑みを浮かべる。綺麗で、嬉しそうな笑み。
どうしてそんな笑みを浮かべるのだろう。
分からない朱理は同じく分かっていないモアを見るがこちらも首を傾げている。でも、3人の笑顔に心がどきりと鳴る。

「ヴァン・・・?」

不安と、期待。
言葉じゃなくても分かる何か。
ひょっとして、ひょっとするのだろうか。いやでも、夜に伝えたばかりの夢の内容なのに、そんなまさか。

「陛下、意地が悪いですよ」
「いや、別にもったいぶってる訳じゃないぞ。ああ、アカリ、そんな顔をするな。大丈夫、とても良い知らせだ」

やっぱり!
勢いよく立ち上がって、スプーンも放り投げて、でも言葉が出ない。
何度か口を開いて閉じて、そうしている間にリグがそっとアカリの背中をさすってくれて、ヴァンがゆっくりと口を開く。

「カイリらしき人物がイーガシアースにいるそうだ。特徴は未成年と思われる少年で黒髪黒目。我々と人種が違う様だと。双子の兄、アカリを探している、と」

・・・海理。海理が見つかった。
海理が、朱理を捜している。海理が、海理が、海理が!

「ほ、んと?」

声が掠れて、力が抜けてしまった。
心の中は高揚して今にも爆発しそうなのに身体に力が入らない。
すとん、と椅子に戻った朱理に皆が優しい笑みを向けてくれる。

「本当だ。リグの話を聞いた時にもしやとは思ったんだが、何かの知らせだったのかもしれないな。詳しい事は分からないが、
アカリがこちらの世界に来たと同時に、カイリらしき人物もイーガシアースで見つかったらしい」

じっとヴァンを見つめる朱理の視線はどこかうつろで、呆然としている。
突然の知らせに感情が追いつかないのだ。
ただ分かるのは海理が見つかったと言う事だけ。それでも、見つかったのだ。海理が。

「み、つかった・・・海理・・・ほん、と、に・・・」

小さな声で呟けば、音になった言葉が現実だと知らせてくれる。
じわじわと、高揚した心も現実に追いついて、呆然とした表情にぱっと色が載った。

「見つかったんだな!海理が!どこにいるんだ?どうしてるんだ?怪我はしてないのか?不自由じゃないのか?直ぐ行けるのか?
海理は、今どうしてるんだ?怪我は?足は?どうなってるんだ?なあ、ヴァン、海理、どうしてるんだ?・・・見つ、かったんだよな?」

テーブルに身を乗り出して、次々に言葉が出てきて、何を言うかなんて考えられずに零れ落ちた言葉はだんだん小さくなって、しぼんでしまった。
何も分からなくて、どうやって何を聞けば良いのか。吐き出した言葉と一緒に熱も吐き出した様で、また朱理は椅子に落ちてしまう。
嬉しいのに不安もあって、酷く不安定な様子に隣に座っていたリグがひょいと朱理を持ち上げて、自分の膝に座らせた。
真っ直ぐにヴァンを見つめていた視線は落ち着きなくうろうろとしていて、向かい合わせに座らせたのに視線が合わない。

「アカリ、落ち着いて。海理は無事だ。見つかったんだ」
「う、うん・・・」

見つかった。海理が見つかって、無事。分かっているのに、嬉しいのに心が動揺してしまっている朱理はリグの膝の上にいるのも気付いていないし、
そっと抱きしめられているのに身体がぐらぐらと揺れている。

何でだろう。嬉しいのに、海理が見つかったのに、不安な気持ちがむくむくと朱理の中を埋めようとしていて、混乱する。
そんな朱理にリグはそっと小さな頬に手を添えて無理矢理視線を合わせる。
朱理が見たのは、とても近い距離にあるリグの微笑み。優しく細まった瞳の、綺麗な水色。

「良かったな」

静かに告げられた言葉に朱理の大きな瞳が瞬いて、首が縦に揺れた。

「・・・うん、良かった」

不思議とリグの声で落ち着けた。
すとん、と朱理の内に入って染みこんで、こっくりと頷けた。
あんなにも揺れ動いていた気持が静かになって、ちゃんとリグと視線を合わせれば、やっぱり綺麗な笑みと水色の瞳が朱理を映している。

「いろいろな気持が渦巻いていると思うが、これだけを思えば良い。カイリは無事だ」

小さな言葉に諭す様にゆっくりと話してくれる。
ひとつひとつ、リグの声が朱理に浸透していって、やっと、やっと実感できた。

「良かったぁ・・・見つかったんだ・・・無事なんだ」

ずっと気になっていた。
心配していた。

怖かった。

何もかもが違う世界でたった一人。周りの人達は皆とても良い人ばかりだけれども、慣れない世界は恐ろしくもあり、
行方不明な弟を思えばさらに恐怖と不安が増し、最悪とも思える暗い気持ちにも襲われて、本当は、とても不安だったのかもしれない。
嬉しいはずなのに、こんなにもうろたえてしまうなんて。

「あ、りが、と・・・うん、良かった。良かったよ」
「ああ、良かったな」

何度も何度も頷いて、ほっとした様に苦笑したリグに心配をかけてしまったのだと申し訳なく思う。
ありがとう、ごめんね。と言おうとしたら背中からヴァンの呆れた声が飛んできた。

「まあいいんだけどな。アカリ、まだ説明があるんだがそのまま聞くか?」

振り返ってみれば苦笑しているアシードと、呆れた笑みのヴァンに首を傾げて、身体を戻してリグを見て。

「わあ!ごめんリグ!」

やっと気付いた。リグが近すぎる距離にいると。
と言うか、膝の上に乗っかっているなんて!慌てて降りようとすればバランスを崩してリグに支えられてしまう。

「私はこのままでも構わないぞ?」
「オレが構う!」

いくらなんでも恥ずかしいではないか。
身長差もあって朱理一人で降りるには微妙な高さで、でも恥ずかしくて。
真っ赤になった朱理に笑いながらリグが隣の、元々朱理が座っていた椅子に降ろしてくれた。




back...next