第2部/光る海、青い空.001



いつも一緒だった。双子の兄である朱理と。離れる事なんてないと思っていた。
なのに、現実はこんなにも簡単に離れてしまう。

『・・・朱理、どこ・・・?』

呟いても朱理の気配がない。
目はまだ開かなくて、何で開かないんだろうと思ったら目を閉じているからだと分かった。いや、当たり前だろうそれは。
自分にツッコミを入れながら海理はゆっくりと目を開けて。

『朱理・・・・・・はぁ?』

朱理、と呼んでから驚いた。

ぱか、と口を開けた海理が見たものは一面の青空。
やけに青くて綺麗で広くて、それだけならまだいいのに、何でだか、海理の目の前をふよふよと何かが漂っているではないか。

「なに、これ・・・・何で僕、浮いてるの・・・」

正確には、浮いているには浮いているのだが、海の上だ。
聞き間違え様のない海の音と、微かにしょっぱい口の中。水音もしているから間違いなく海だろう。
それは分かる。けど、分からない。顔を左右に動かせばやっぱり水面で、たぶん海。何でこんな所に。
身体を動かそうと最初に手に力を入れたのに。

『動かないし・・・何でえ・・・』

何もかも分からない。まるで記憶喪失な気分だ。
オマケに、海理の前をふよふよと浮いている不思議なものまでいる始末。どうしてくれようかこの状況を。

『ってゆーか、いい加減突っ込んでみたほうがいいのかなあ。ねえ。君は何?イキモノ?』

ぷかぷかと海らしき所に浮かびながらのんびりと空中を漂うモノに声を掛けてみた。
それは、例えるなら半透明の水色ゼリーに小さな白い羽根が生えたモノ。
羽根はなぜか4枚。美味しそう。

『ゼリーみたい・・・ううん、水饅頭かなあ・・・あ、お腹すいたかも・・・お菓子食べたいなあ』

のんびりとつぶやいて、でも海理の身体は動かない。
困ったなあ、どうしよう。だななんて普通ならパニックになりそうなのに、海理はどこまでものんびりと海に浮かんでいる。
潮の音に海の風。でも、何だろう、湿っぽいだろう海の風は海理の知っている風よりもさらっとしてる。
寒くもなく、丁度良い暖かさでこのままだと眠ってしまいそうだ。


それにしても朱理がいない。動かない身体だから探せないけど、どうやら近くにはいなさそうだ。
いるのは大福もどきが一匹?

『困ったなあ・・・どうしようかなあ。朱理ぃ、どこにいるの?』

呼んでみてももちろん返事なんてない。記憶も今一つ白くなっていて思い出せない事も多い。
分かるのは側に朱理がいないこと。目の前に変なイキモノ?が浮かんでいる事と、恐らく海に浮かんでいること。
何もかもが分からない。本当に困り果てて、でも不思議と気分は悪くなくて、このまま眠ってしまいそうだ。
でも、このまま眠ったらいけない気がする。

『んー・・・ねえ君、ここはどこ?どうして僕はこんな所に浮かんでるの?』

仕方がないのでふわふわと浮かんでいる変なイキモノに話しかけてみるけど返事はもちろんない。
不思議なやつだ。
触り心地は良さそうだから抓んでみたいけど、手も動かない。本当に困った。
まさかこのまま永遠に浮かんでいなければいけないのだろうか。そうなると流石に不安になってくる。

『どうしよう・・・』

気分が良いけど、じわじわと不安になってきて、大きな瞳に涙が浮かんでしまう。
時間にしてそう経たない頃だ。いっそ大声で泣けばすっきりするだろうか。
なんて思った頃、突然ひょい、と人が浮かんでいた。
浮かんでる!?

「おー、こりゃまた可愛いのが落ちてるな。マールファン追いかけて正解か。って、何か変な服だな。お前どうしたんだ?」

空から海理を見下ろしているのは、年上のとても綺麗な人だった。
年上と言っても詳しい年齢は分からない。20代くらいだろうか。
長くてふわふわしている金色の髪に朝焼け色の少し大きな瞳。小麦色の肌で白い、だぶだぶの服を着ているけど、こんな格好の人、見た事がない。
軽装だとは分かるけど、今は冬じゃないのだろうか。
それに、何か喋っているのに、全く言葉が分からない。

『だれ・・・?』

それに、浮かんでいる人なんて当たり前だけれども見たこともない。
いや、正確には何か水色の円盤状のものが浮いているのだ。
海理の側でふよふよしているヤツに良く似た色で、小さな羽根があって・・・
あれ?ひょっとして同じなのだろうか。でもこっちのは2枚の羽根だ。

「何だ?言葉が違う・・・?」

海理の呟きに分からない言葉を呟きながら眉間に皺を寄せられた。
そんな表情も綺麗だなあと思っていたら、何やら歌を歌いだしたではないか。
呟く音量の、綺麗な歌だ。
思わず聞き惚れていたら、綺麗な人の指先が海理の眉間をつん、と押した。
途端に身体の奧から何かが海理の内を貫いて、一瞬で消えた。

「・・・何?僕に何をしたの?」

「お、通じる通じる。お前、どこから来た?」

綺麗な人にまた覗き込まれて、今度は言葉が分かる!

「言葉・・・分かる?」

何だったんだろう。不思議すぎる。
呆然と呟けば綺麗な人が首を傾げてからにまっと笑む。

「通じる様にしてやったんだ。んで、どこから来たんだお前」

「・・・どこ・・・あのね、ここに日本って国、ある?」

「何だそりゃ。クニって、また随分古い言葉持ち出してきたな」

「え?古い・・・?」

「どうもこりゃあ・・・ま、いっか。俺はエルシィ。お前は?」

「僕は海理だよ。えっと、エルシィ、ここ、どこ?」

言葉が通じるのに通じない。人に出会えた安心と、違う不安がむくむくと湧いてくるけど、エルシィと名乗った綺麗な人は空に浮いたまま、にぱっと笑った。

「イーガシアースへようこそ、おちびさんってトコか。運びながら説明してやる、で、お前顔真っ赤だけど怪我してないか?」

「何かね、身体中が痛いんだけど・・・」

「ふうん、どっか怪我してるっぽいな。よし、運んでやる。シルフィーゼ、我が名の契約により力を行使せよ。加護を与え賜え力をこの手に」

喋りながらまた歌を、違う、言葉が分かる様になったら歌じゃなくて、きっと呪文だ。でも、歌にも聞こえてとても不思議だ。
呆然とエルシィを見ていたら、ふわりと片手を動かして、一緒に、海理の身体が浮かんだ!
例えるなら見えない何かに包まれる感覚。ふわふわと、空に浮かんだ海理をじーっとエルシィが眺めて首を傾げる。

「あー。こりゃ足が折れてるっぽいぞ。服もボロボロじゃねーか。どうなってんだお前。こりゃ痛いだろうし熱もその所為か。とりあえず着替えて治療して、からだな。行くぞ、カイリ」

すらりと名前を呼ばれてドキリとした。何故だろう、エルシィに呼ばれて、こんな、出会って間もない人に呼ばれてドキリとするなんて。
そんな海理の心中が分かったのか、エルシィが苦笑しながらふわりと移動した。

「俺の言葉には力があるから気にすんな。慣れろ」

ちから?何だろう。分からない。


動かない身体。ふわふわする意識と綺麗な人。
何もかもが分からないけれど、そろそろ今の現実が見えてきた海理はじわじわと絶望した。


きっと、この世界は違うと言う事に。




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ようやくはじまりました2部です。遅くなりまして申し訳ありませんでした。
そしてこれからもきっと更新遅くなりそうなのですごめんなさい!

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