第1部・風の宮殿、白の騎士.018




マールファンは操縦者の魔力と意志で動くものだ。
この場合はリグの力で、リグの意志で飛ぶ。ものすごく便利な乗り物(?)だ。

空高く飛び上がったマールファンはふわ、と向きを変えてゆっくりと動き出す。その先は、風の宮殿の全景を見られる位置。ゆっくりと動き出したマールファンはどんどん高度を上げて、徐々に風の宮殿の全景が見える様になっていく。

朱理の知っている空より少し薄い青。それに、雲。今日も快晴で、だんだん宮殿の全景が、いや、飛びはじめた時からおかしいな、とは思っていたのだけれど、空高く浮かんでようやく朱理の口がぱっかりと開かれた。リグはそんな朱理を予想していたみたいで驚く朱理の隣でくすりと笑みを浮かべた。
そうして、朱理の特徴的な大きな瞳が見開かれる。やはり落ちそうだ、なんて思いつつもリグはそっと驚く朱理の肩に手を置いた。支える為ではなく、押さえる為に。

「う、そ、だろ・・・・飛んでる、飛んでるよ!」

飛んでいるのは、朱理達だ。けれど、違う。
宮殿が、風の宮殿が空高く浮いているのだ。
それは、映画で、アニメで、ゲームでしか有り得ない風景で、巨大な宮殿が浮いているのだ!しかも、空高く!

「これが風の宮殿だ。世界でただ一つの宮殿であり、空に浮かんでいるのは風の精霊に愛されている、と言われているからだが、詳しい事は良く分かっていない」

リグの声が遠くに聞こえる。それ程、朱理の驚きは大きかった。散々ファンタジーな体験をした朱理だけれども、これはもう、極めつけだ。

浮いているのは宮殿と、その庭にあたる部分だろうか。中世の城を思わせる頑強ながらも繊細な造りの宮殿がうっすらとまあるい膜に包まれて浮かんでいる。
地上は遙か下で草原らしき緑が一面にあり、宮殿の真下には街らしき巨大な建物の群れがある。
よく見れば人を乗せたマールファンが様々な形で宮殿の周りを飛んでいて、人を乗せていないマールファンも一緒にふわふわと風に流されたり浮かんだりしている。

「・・・信じられないけど、綺麗、だな」

ぱっかりと開けた口を閉じた朱理が呟いた。本当に、信じられない風景だけど、綺麗だ。
朱理の目に見える全てが美しく輝いている。浮かぶ宮殿も、マールファンも、空を飛ぶ人々も。全てが信じられないのに、美しい。

「綺麗、か。そう言ってくれたのは朱理がはじめてだな」

呆然と辺りを見る朱理にリグが笑う気配がするが、朱理はもう辺りの景色に釘付けだ。
巨大な宮殿と、空を飛ぶマールファン。当たり前の風景なのだろう。空を飛ぶ人々は驚く朱理を見て微笑んだり、手を振ってくれる人もいる。リグを見て敬礼らしき態度をする人も多いけれど、やっぱり手を大きく振っている人も見かける。
皆、自然に飛んでいる。その周りに変形していないマールファンも沢山浮いていて、人の周りを飛んでは離れてみたり、手で追い払われたり捕まえられたり。

「本当に、ここは違うんだ・・・」

あんまりにも世界が違いすぎる。
呟いた朱理は急に不安になった。綺麗だけれども、何もかもが違うと改めて思い知らされた気持だ。
ぎゅ、と握るのもマールファンが変形した椅子で、朱理の知らないもの。

どうしよう。怖くなってきた。

呆然と辺りの風景を見ていた朱理の顔色が変わる。こんな世界、朱理の常識じゃ受け止めきれない。全てが綺麗で、朱理には決して怖い世界じゃないのに。

「アカリ?どうした?」

急に不安になった朱理に気付いたのか、リグが顔を覗き込んでくる。さらりと流れる銀髪も今の朱理には綺麗、よりも少しだけ怖さを感じる色になってしまった。

「リグ、オレ・・・何で?」

分からない。受け止めきれない風景がやっと朱理の心を動かして、ぶるりと身体を震わせた。

「顔色が悪いな・・・身体も震えている、寒い、のではないな」

小さく震える朱理にリグはそっと腕を回して軽く抱きしめてくれた。すると、朱理の身体が大きく震えて、なのに小さな手がリグの服をぎゅ、と握ってくる。

「何でだろ、何で、オレ・・・」

こんなにも美しい世界に恐怖を感じてしまった。こんなにも良くしてくれるリグにも、少しだけ怖さを感じている。なのに手が縋るのはリグで、手が握りしめているリグの服に気付いても離せない。
ただただ混乱する朱理にリグが今度は両手で抱きしめてくれた。突然変わってしまった朱理にリグは怒る事もない。

「この風景に恐怖を感じるのはアカリだけではないから大丈夫だ。他の世界から来た人々も同じ反応をする事が多い。少し経てば慣れるから今の内に慣れておいた方がいい。すまないがもう少し辛抱してくれ」

そうして、不思議な事を言う。
そう言えば他の世界があるのだと教わった。朱理には全く分からないが、この世界は他の世界もあるのだと言う。
本当に、混乱するばかりだ。

「・・・ごめん」

こつんと額をリグの服にくっつければ風の匂いと一緒にリグの匂いがした。





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