第1部・風の宮殿、白の騎士.017




「では、マールファンに乗ってみようか。ああ、その前に触ってみると良い。楽しいぞ」

朱理の選んだマールファンはすぐにリグに捕まえられて、それをそのまま目の前に差し出された。触ってみたい、突いてみたい、とは思っていた朱理だが、この数に圧倒されてまだ触れていなかった。

「い、いいの・・・?」

どきどきする。ぷよん、とリグに掴まれているマールファンに、そっと指先を押し当ててみれば。

「ぷにぷに・・・・やっぱりぷにぷになんだ」

ついでに、冷たい。色通りの温度でひんやりしている。何度か突いて感触を楽しんで、それから手全体で撫でてみればぷる、と震えて小さな羽根が動いた。

「喜んでいる、のだろうか。いや、喜んでいるんだろうな」
「これが喜んでるのかなあ・・・」

何せ表情もなにもないやつだ。明確な意志は存在しないらしく、何をやっていても分からないマールファン。けれど、なぜか嬉しそうに見えるから不思議だ。

「さあ、乗ろうか。最初だから椅子が良いな」
「椅子・・・これが椅子になるんだやっぱり」

じい、とマールファンを見つめても大人の拳大の水饅頭がぷる、と震えるだけ。不思議だ。
見つめていればリグから一歩下がれと言われたので、大人しく下がる。すると、リグの手の平からほわん、と光ってみるみる間にマールファンが伸びていく。
びにょーん、と。
水饅頭が半透明の椅子、どうやら2人掛けのソファになって、そのままぷかぷかと浮いている。のに、やっぱり羽根は小さいまま、ソファの両脇に羽ばたいている。

「うわー・・・ホントに椅子になった」

音もなく、ただマールファンだけが伸びた。
あんぐりと口を開ける朱理にまたリグが笑って、そのままひょい、と朱理を抱き上げて、マールファンのソファに乗せられてしまった。お尻の下がひんやりとして冷たいが、意外と座り心地が良い。

「ぷよぷよ・・・椅子でも感触が一緒・・・」

不思議すぎる。感心したまま椅子の表面を撫でていればリグも隣に座って、また手の平が光った。

「一応、安全の為な。アカリ、驚いてもあまり動くなよ」

またマールファンが伸びて、ソファの前に柵らしきものまでできあがってしまった。どこまで伸びるんだろう。不思議に想ってマールファンを触っても、伸びそうにはないのがまた不思議だ。

「さ、行こう。アカリ、この世界を、ガーデン・ド・サウ、風の宮殿をゆっくり眺めようじゃないか」

ひたすらマールファンに興味を持って行かれている朱理にリグが微笑みながら空の上を見る。
朱理はまだ知らない。この宮殿の本当の姿を。この世界の姿を。

「う、うん?分かった。楽しみにしてるよ」
「では行こう。空の旅へ」

リグの言葉を合図にふわ、とマールファンの椅子が浮いた。ふわふわと、音もなくゆっくりと空に浮き上がっていく。
ふわふわ。ふわふわ。けれど、揺れる事もなく、風の強い中で意外としっかりしている。

「すごい・・・」

朱理が空を飛ぶのなんて、飛行機の乗った時だけだ。まさか、こんな風に不思議なイキモノにのって空を飛ぶだなんて思いもしなかった。
思わずリグの服を掴みながらきょろきょろと辺りを見回す。空は青く、朱理の知っている空より少し色が薄い。風は強く今も朱理とリグの長い髪を散らしているけど、マールファンは風に流される事無く一直線に空に浮き上がっていく。

「すごい!すごいよリグ!」

どんどん地面から離れるにつれ朱理の頬が興奮で赤くなる。

「そう興奮するな。朱理、驚くのはこれからだぞ」

そんな朱理の様子にリグは笑いながら朱理の肩を抱いた。それは、抱き寄せる、ではなく、押さえる為、に。

「さあ、そろそろ見えてくるぞ」





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