第1部・風の宮殿、白の騎士.016




あんまり沢山説明すると朱理が混乱するだろうからと、少しだけ。と前置きして説明してくれた。

この施設はマールファン港の一つで、風の宮殿にはこの一カ所だけになる。
マールファンとは朱理が見た通り、人を運ぶもの、との事だ。

水饅頭の見かけに小さな白い羽根。大人の拳大の大きさで、人を乗せる時は魔法で形を変える。乗れる人数はこの宮殿にいるマールファンだと10人まで。

伸びる原理も空を飛ぶ原理も良く分かっていない、イキモノかどうかも良く分からない不思議なマールファンは、精霊の塊でできているもの、らしい。それも、人の手で創り出される、ものだ。

明確な意志はないものの、遊んだり散歩したり、表情もなにもないのにふらふらと、ふわふわと宮殿の中を漂うものも多く、マールファンでいる事に飽きると勝手に故郷であるイーガシアースに帰って水に溶けてしまうとの事だ。

マールファン港には水がつきもので、どうやらマールファンの餌らしい。色から見て分かる通り、マールファンの主成分は水精霊で、綺麗な水が沢山ないとやっぱりマールファンでいる事に飽きてしまって水に溶けてしまう。

簡単な説明でも、よく分からないイキモノだ。
見れば見る程朱理の中では水饅頭で、囓ったら甘そうな見かけだ。


そうして、マールファン港と言うからには水がある。宮殿から少しはみ出たこの施設にも水は沢山あって、大きな地面の広間の中央に広いプールみたいな、石造りの池がある。
マールファンは池の上でふわふわと浮いていたり、風に流されるまま宮殿の周りをふわふわしていたり。

「何て言うか・・・すごい、平和な景色に見えるよオレには」

思わず呟いてしまった朱理にまたリグが笑って、マールファンの沢山いる池の前で立ち止まった。
手を伸ばせば浮いているマールファンに触れそうだ。って言うか、触りたい。突きたい。できればちょっと囓ってみたい、かも。

大きな瞳を輝かせる朱理を置いてリグが手を伸ばしながら近くにいる人に話しかける。この港にはマールファンだけでなく、人も多い。

「一匹借りるぞ」
「これはこれはリグ様。どうぞ、お好きなのを持っていってください」

マールファンの単位は匹なのか。変な所に感心する朱理は周りの人達も見てみる。
リグみたいな騎士服を着た人も多いが、そうじゃない人も多い。騎士服の人達は基本は白だけど、リグみたいに純白、と言う訳でもない。それぞれ色の違う飾りがあって、色とりどりで綺麗だ。
騎士服以外の人達は朱理と同じ様な格好だったり違う格好だったり、いろいろだけれど、皆ファンタジーな服装でゲームとかに出てきそうだ。

「アカリ、よそ見をしているとマールファンに遊ばれるぞ」

きょろきょろしながら大きな瞳を輝かせる朱理にリグが笑いながら朱理の頭の上あたりを手で払ってくれた。
ん?

「何?遊ばれるって・・・うわ!」

上を向けば朱理の頭の上にマールファンが2、3匹寄ってきているではないか!慌てて首を振ればマールファン達がふわふわと飛んでいってしまった。のに、なぜか朱理の周りにはマールファン達が寄ってくる。

「な、なんでこっち来るんだよー!」

別に寄って来られて怖いわけではない。が、困る。柔らかい水饅頭に囲まれても困る。そんな気持でリグの服を掴めば笑われて、追い払ってくれた。

「アカリはマールファンに好かれる性質かもしれないな」
「嫌われるよりは良いんじゃないかなーとは思うけどさあ」

何せはじめてだからどうして良いかが分からない。寄ってくるマールファンを掴んで突いて囓っても良いのだろうか。

「害はない。むしろマールファンに好かれる事は世界に愛されている証拠だ。そうだな、アカリ、その中から一匹選んでみてくれないか?そのマールファンに乗ってみよう」
「オレ、みんな同じにしか見えないよ」
「概ね皆、同じものだ。悩む必要もないぞ」
「うー・・・・」

確かに同じ種類だろう。わらわらと寄ってくるマールファン。皆、水饅頭で小さい羽根で、見かけは全く一緒だ。朱理の顔の前まで飛んでくるものもいれば、頭の上に乗りたそうなマールファンもいる(リグに追い払われているが)。
どれもこれも、本当に全く一緒。

「悩んでてもしょうがないか。よし!これに決めた!」

結局、一番お手軽な、朱理の顔の前で浮いていたマールファンを指差した。





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