第1部・風の宮殿、白の騎士.015




風の宮殿は広い。世界に唯一存在する宮殿は一つの都市みたいなもの、だそうだ。

政務を行う区画と居住区に軍部、魔法等の研究所や宮殿の外に出ずに買い物をする為の街まである。
話を聞いているだけで広さに目眩がしそうで、マールファンのいる宮殿の入り口までは、宮殿内に備え付けられている魔法で動くカップソーサーみたいな乗り物で移動した。

魔法ってすごすぎる。音もなく宮殿内を移動するカップソーサーは『カトルガ』と呼ばれる移動式の魔法を組み込んだもので、主に風精霊の力を溜めているらしい。
1人用から10人用まであって、リグと朱理は2人だから、小さめのカトルガで移動した。
本当に、重ねて言うけど、魔法ってすごい。

カトルガの移動する廊下は、廊下と言うよりも道路で、石畳の真ん中にカトルガ用の、朱理から見ればゲームに出てきそうな呪文がずらっと一直線に書いてあった。その上を自動で移動する様だ。
そんな不思議すぎる乗り物で改めて異世界の、ファンタジーな世界をたっぷり堪能した朱理は、これかさらにファンタジーを体験する事になる。

「さあついたぞ。ここが風の宮殿にあるマールファン港だ」
「マールファンこう・・・・って、う、わぁ・・・!」

止まる時も音がないカルトがから下りた途端、リグの指差す方に視線を向けた朱理が大きな瞳を零れんばかりに見開いた。

「すご・・・すごいよ!」

それは、そら一面にぷかぷかと浮かぶ、沢山のマールファンの姿だった。

半透明の水色で、まあるくて、例えるなら水饅頭。それに小さな羽根が一対。大きさは大人の拳くらい。白い羽根がぴこぴこと羽ばたいているのに、どうやら飛んでいる力は羽根の力ではなさそうな、不思議な、不思議なマールファン。
それが、沢山空に浮かんでいる。

「あれがマールファンだ。アカリ、あっちを見てみろ。今から人が乗る」

あんまりにも大きな口を開ける朱理にリグが笑いながら小さな背中を押して向きを変えさせる。
その方向にはリグの言う通り、人が乗り込むマールファンの姿があって。

「ええ?マールファンて伸びるのか!?」

また驚いた。

大人の拳大の大きさなのに、人が乗り込む時にはびにょーん、と伸びているではないか!
3人乗る様で、マールファンの形が椅子みたいに伸びている。なのに、小さな羽根はそのままでとってもオカシナ形になっている。

「あれはこの世界の中だけを移動する形の一つだ。マールファンは便利なもので、乗る者の魔法によって形が変わるんだ」
「はー・・・・」

開けた口が塞がらない。ぽけっと見ている内にびにょーんと伸びたマールファンはソファみたいな形で固定され、乗り込んだ、リグみたいな騎士服を着た人達を乗せてふわ、と浮いてそのまま飛んでいってしまった。

「飛んでるよ」

そう、飛んでいってしまった。地面からふわ、と浮き上がってそのまま空へ。何の力で飛ぶのか、朱理には全く分からない飛び方だ。

「ああ、マールファンは飛ぶものだからな」
「飛ぶ・・・飛ぶんだ・・・」

あまりにも驚いて言葉が旨く出てこない。
口も瞳も開きっぱなしの朱理の目の前では、どんどんマールファンが形を変えて飛んでいく。椅子は椅子でも、また違う形だったり、椅子ではなく、まあるい円盤になって、その上に人が立ったまま飛んでいくマールファンも多い。

「アカリ、そろそろ瞬きをした方が良いぞ。それに、口も閉じないと渇くと思うんだが」
「うわっ・・・痛てっ」

リグが声を出して笑って、ようやく朱理も我に返った。慌てて瞬きすれば乾いた目が痛くて、口の中もカラカラになってしまった。そんな朱理にさらにリグが笑う。

「もーそんなに笑うなよ!」
「すまん、すまん。さあ、行こう」

朱理が真っ赤に頬を染めて抗議して、ようやくリグの笑い声が止まった。それでもまだ笑っている顔で朱理の背を押す。

「ここは風の宮殿入り口に併設されているマールファン専用施設だ」
「あのさ、聞きたいことがいっぱいあるんだけど」
「ああ、分かっている。歩きながら説明しよう」





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