第1部・風の宮殿、白の騎士.014




朝食が終われば少しの休憩を挟んで、朱理の勉強の時間になる。

分からない事ばかりの朱理だが、いつまでも分からないままではいたくない。
元来、努力型の朱理はこつこつと物事を覚える事が得意だし、勉強も好きだ。
いろいろあってめまぐるしく変化する環境にも、地道な努力で朱理は一生懸命馴染もうとしている。

本当は今すぐにでも海理を探しに行きたい。けれど、朱理は無力だ。一人だけで飛び出しても何もできない。悲しいけれど、それくらい分かっている。だから、勉強する。そんな朱理にリグをはじめとするこの世界の人々はとても好意的だ。

勉強は朱理の部屋で行われて、先生はリグとモアだ。午後からは仕事の合間をぬってアシードやヴァンも来てくれる。

「今日はマールファンに乗る予定だったな。どうする?今すぐ行くか、それとも午後にするか?」

朝食の後のお茶を飲みながらリグが目線を外に向ける。今日の予定はマールファンに乗る事だ。

「うーん。説明してもらっても分からない事ばっかだから触りたいし、乗れるんなら乗りたい。すぐでもいいかな?」

マールファンとはこの世界と違い世界を行き来する精霊亜種。そう教わったのは確かこの世界に来て次の日だった。
世界になくてはならないもの。それがマールファンであり、あの世界縮図で見た小さな羽根の生えている水饅頭みたいなヤツの事。
説明してもらってもよく分からなくて見た方が早いと言われたのだ。

本当はもっと早くに見に行きたかったのだけれども、少し待ってもらった。
何もかも分からない状態で宮殿の中を歩いてマールファンを見に行くより、少しでも勉強して、予備知識を入れてから行きたかったからだ。
だって、少しでも知識を入れておかないとまた脳みそがぱーん!となりそうで、実は怖かったのだ。

「では飲み終えたら行くか。楽しみにしていてくれ」
「楽しみにするもんなのかなあ・・・うん、楽しみにするよ」

この3日間でこの世界の簡単な常識を教えてもらった。もう外に出ても混乱する事もないだろうと思うし、思いたい。
マールファンてどんなヤツなんだろう。食後のお茶を飲みながら想像を巡らせる朱理にリグが微笑ましい顔になった。



風の宮殿はとても広い。ガーデン・ド・サウにただ一つ存在する宮殿であり、この世界の全てを統治している。
説明されて頷いた朱理だったけれど、部屋から外に出るのははじめてだ。

モアを留守番に残して、リグと部屋の外に出ればやっぱり風の強い廊下に出た。
ぶわ、と吹き抜ける風に足を取られた朱理をリグが支えてくれる。

「風強いよ。なんで廊下なのにこんなに風があるんだ?」

廊下は吹き抜けになっていて、空がよく見える。青い空は朱理の知る空より少し薄い色で、まだこの世界に来て3日目だけれども曇った空を見ていない。

「風の宮殿だからな。この宮殿には風の精霊が多い。従って風も強くなる」
「風の精霊・・・」

精霊の事も大まかな事だけ説明された。
朱理の知るゲームに出てくる精霊の様に形あるものではない。この世界の精霊は、例えるならプランクトンだろうか。ひとつひとつがとても小さく、姿は見えない。けれど、大きな塊になる事もない。
世界に絶えず漂うもの。意志はなく、空気と同じ存在でありながら世界を支えるもの。そんな説明だった。

「風の弱まる時はないからな。飛ばされるなよ」
「いくらなんでも飛ばないよ」

とは言っても小さな朱理はリグよりもだいぶ軽いから冗談ではなく飛んでしまいそうだ。ぐ、と足に力を入れたらリグに笑われた。

そんな2人の姿は、朱理の姿はとても目立つ。
王の客人としてあらかじめ通達されているから、概ね宮殿の人々には好意的に見られているが、素性が一切分からないのも事実だ。こうして廊下を歩いているだけで擦れ違う人々の視線が痛い。
敵意を感じる強烈な視線はないけれど、興味津々、あれは誰だ、と言う視線がざくざくと朱理に突き刺さって非常に居心地が悪い。

「すまんな。煩くて」
「まー、ちょっと確かに気になるけど、でもオレだって見かけない人を見たらジロジロ見ちゃうと思うし」

それに、どうも感じる視線は朱理だけに突き刺さるものでもなさそうなのだ。昔から双子で良く目立っていた朱理は人の視線には慣れている。いろんな意味でいろんな視線を昔から浴びてきたからこそ、微妙な違いも分かるのだ。

(リグ、格好良いもんなー)

そう、ざくざく刺さる視線は確かに朱理の方が多いけれど、リグにだってざくざく刺さっている。リグは気にしていない様だけれども、朱理を見る前にリグを見る人も多い。強い風に流れる銀色の髪に凜とした雰囲気。全身を純白に包む騎士服に、腰に抱く剣。格好良い。朱理から見たって格好良すぎる。

「私の顔に何かついているか?」

歩きながらリグを見ていたら不思議な顔をされた。少しだけ首を傾げる様子が格好良いのにちょっと可愛く思う。

「ううん、何でもないよ」

そんなリグに少し笑って、すると朱理の笑顔につられたのかリグも微笑んだ。





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