第1部・風の宮殿、白の騎士.013




「・・・よし!着替えるか」

朝の儀式は終わり。
ぱん、と両手で頬を叩いた朱理は気合いを入れて寝室の隣にある洗面所に入る。本当に豪華な部屋だ。洗面所も朱理の家みたいに狭くなくて、一人で使うには申し訳ない程に広い。

そして、やっぱりファンタジー仕様だった。
洗面所の奧にある風呂だって広くて泳げそうで、ファンタジー仕様。どこもかしこもファンタジーすぎて、映画でしか知らない世界だったけれど、実際にあちこち使用するのも、ちょっぴりドキドキする。

寝間着だと、用意してくれたパジャマは、朱理の知っているものと近くて、遠い。
ボタンがなくて、紐で前を結ぶものだ。変形版の甚兵衛にも見える。ばさばさと脱ぎ捨てて、寝室の端にある籠に入れてから服を着る。朱理の服は初日に用意してもらっただぶだぶのもので、白っぽい色だけど、毎日少しずつ色が違う。今日は薄い緑だ。そして、帯の結び方も覚えた。きゅ、と結んでから鏡の前でざっとチェックして、サンダルを引っかけながら寝室から出ればもう朝食の準備が整っている。

「おはよう、アカリ。良く眠れたか?」

朝食の席にリグがいる。これも毎日の事だ。
朱理が王の客人だと正式に通達されたと同時に、リグが朱理についてくれる事になった。
朱理の護衛であり、何もかも分からない朱理の為にいろいろ教えてくれる先生にもなってくれた。

先生はリグの他にアシードも立候補してくれて、本当にこの世界の人達は朱理に良くしてくれている。

だから朱理も頑張ろうと思う。海理の無事を願うと共に、良くしてくれるこの人達を困らせない様に。
海理は見つからないし、元の世界に帰れるかどうかも分からないけど、迷惑はかけられないと思うのだ。

「おはよ、リグ。良く眠れたけど、あのベッド、やっぱオレには大きいよ」

ぱたぱたとリグの所までいけば微笑まれて手招きされる。素直にリグの座る席の前に立てば結んだ帯を結び直された。朱理としてはこれで良いと思うのだが、ちゃんとした結び方にはまだ遠いらしい。

「ベッドは大きい方が眠りやすいと思う。さ、朝食にしよう」
「うーん。まあリグがそう言うなら。いただきます!」

テーブルの上には3人分の朝食。リグとモアと朱理の3人だ。最初は従者として一緒の席につけないと遠慮していたモアだが、朱理としては側に立っていられると落ち着かないし、一緒がいいのだ。だから、モアも初日から引っ張り込んで、一緒に食べる事になっている。食事は人数が多い方が嬉しい。

そんな朱理の気持ちに気付いてくれているのか、リグとモア以外にも、アシードやヴァンも一緒になる事がある。
この世界に来てはじめで出会った人達が一緒だとやっぱり安心できる。正直、甘やかされてるなあと思うけれど、不安な気持ちもまだまだ多いから申し訳ないけど甘える事にしている。

食事は朱理の世界とそう変わらない。よく見れば原始的な料理だと思うが、美味しい。
朝食はパンと暖かいスープに野菜と肉。それと果物。みんな、おいしい。
飲み物は珈琲に良く似た飲み物と牛乳みたいな飲み物。原材料はまだ見ていないからよく分からないけど、味は似ている。

「朱理は良く食べるな。見ていて気持が良い」

朝食は一日のエネルギー。しっかり食べないと一日動けない。朱理の持論だが、これは海理も一緒だ。それに、見た目の幼さと細さに反して朱理の食べる量は多い。

「だって沢山食べないとデカくなれないだろ?オレの理想はリグみたいにおっきくなる事なんだからさ」

ぱくぱくと気持ちよくパンを口に運びながらリグをきっと見る。そう、朱理の理想としてはリグ、はちょっと大きいかもしれないけれど、平均身長より小さくて細い今の状況はあまり歓迎していないのだ。沢山食べて沢山動く。これが朱理のポリシーだ。

「そうか。頑張ってくれ。モアも朱理を見習わないとな」

一方のモアは少食だ。ちまちまと野菜を囓っているだけであまり進んでいない。まだ短い付き合いだが、朱理の食べる量の半分くらいでお腹が膨れてしまうらしい。

「そうだぞ、モア。いっぱい食べないと大きくならないんだからな」
「た、食べています・・・アカリ様が沢山食べているだけです」

リグと朱理の二人に見られてモアの垂れた瞳が拗ねる。そんな可愛らしい仕草に2人で笑って、ゆったりと朝食の時間が過ぎていった。





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