第1部・風の宮殿、白の騎士.012




目が重い。目が開かない。でも、何か違う。
起きなきゃ。

「・・・うー・・・・」

もぞもぞと布団の中で蓑虫になった朱理は眠たい頭を起こしながら、でも気持ちよくてまた眠りそうになる。
ふかふかで暖かくて良い匂いがする。気持いいなあ。今日は休みだっけ。
ああ、そうだ。春休みで・・・・。

「違う!」

叫んで飛び起きた。あんまりにも思い切り良く飛び起きたせいで、蓑虫になっていた掛布ごと起きてしまって、バランスを崩してすぐにベッドの上に転がってしまったけど、飛び起きた。

「オレ・・・春休みじゃ、なかったよ・・・」

はは。と乾いた笑いを漏らした朱理はゆっくりと蓑虫にしていた掛布から抜け出て、ベッドから下りた。




突然、異世界と言うべき世界に来てしまったのがもう3日前になる。
何もかも分からない朱理は、ガーデン・ド・サウと呼ばれる世界の騎士、リグに救われ、王であるヴァンに客人とされ、風の宮殿の居住区に部屋をもらった。

「にしても、大きい部屋だよなあ」

呟いてううん、と伸びればちょっと気持も起き上がる。ベッドがあるのは寝室で、それ以外にも朱理に与えられた部屋はリビングと風呂にトイレまでちゃんと別になっている豪華なものだった。
ヴァンが最上級の持てなしを、と言った言葉に嘘はなく、この部屋は王の客人の中でも最上級の人に与えられる部屋だそうだ。
こんなに立派じゃなくていいのに、と言ったけど、誰にも聞いてもらえなかった。
オマケに慣れないであろう朱理に、部屋以外にもついてきたものがあって。

「アカリ様。おはようございます。朝食の準備は整っていますよ」

朱理の起きる気配を見計らって絶妙のタイミングで寝室に顔を出す少年が、朝からとても爽やかで可愛らしい笑みを見せてくれる。

「おはようモア。いい加減オレの事は呼び捨てでいいんだけどなあ」
「それはダメです。ワタシはアカリ様の従者ですから」

にこ、と笑うモアは朱理専用の従者として紹介された少年で、朱理と同じ年くらいだ。と思って年を聞いたら実は9歳だと分かってショックだったけれども。

明るい茶色の髪はふわふわと癖があって可愛らしく、背中の真ん中まで伸びている。どうやらこの世界の人は男女とも髪を伸ばす人が多い様だ。今まで髪の短い人に出会ってない。
それと、髪の毛と同じ色の瞳はちょっと垂れていて親しみやすい。服装は朱理に用意された、だぼだぼの服と同じ様な形で、違う所は朱理は半ズボンなのに、モアは長ズボンだと言う所くらいか。

「モアは厳しいんだから。顔洗ったらすぐ行くよ」
「はい。お待ちしています」

ぺこりと頭を下げて寝室を出て行くモアを見送って、ちゃんと扉が閉まってから盛大に溜息を落とした。



たった3日。されど3日。初日にいろいろありすぎて神経が麻痺してしまったのか、それとも朱理の順応力が素晴らしいのか。もうこの生活に馴染もうとしている自分がいる。
見た事もない服を自分一人で着れる様になって、モアにいろいろ世話してもらう事にも慣れつつあり、魔法のあるこの世界で目が覚めても絶望しなくなった。

たった3日。けれど、もう3日。

海理が見つかったとの知らせはまだない。けれど、感じている痛みは良くなってきているから、きっと治療はしているのだと思う。見つからない事には安心できないけれど、どうか辛い思いをしていないと良いと願う。

それでも、朱理には分かる。海理がいるのだと。とても遠いけれど、同じ世界にいるのだと、分かるからこそ、今の朱理は何事もなくこの世界に順応できているのかもしれない。

今日こそ見つかるといいな。

毎朝そう願って一日を歩き出す。
朱理が着ていた制服とコートはちゃんと洗濯されて、この寝室の棚の中にある。
毎朝、制服とコートを見るのも朱理には必要な儀式になっていた。
そっと手で触れて無事を願う。朱理の周りにいる人達はとても良くしてくれているけれど、海理はどうなのか、全く分からない。

だから願う。どうか海理も、朱理より大切にされています様にと。





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