第1部・風の宮殿、白の騎士.011




告げられた内容に頭がおいつかない。
そもそも朱理には何もかもが分からない事ばかりで、この世界に落ちてきた時から一生懸命これでも頑張って理解しようとしてはいるのだけれども、そろそろ理解を超えて頭がぱん!と破裂してしまいそうだ。

ヴァンと名乗ったリグそっくりの人は偉そうに(いや、偉い人だ)笑いながら朱理を撫で終えると、どっかりと音を立ててリグが持ってきた、どこから持ってきたのかやたら豪華な、椅子に座った。

「陛下、アカリが混乱しているではないですか。もう少し王としての威厳と言うものを出して下さい」
「ふん。威厳なんて出して何の得になるってんだ。いいじゃねえか。フレンドリーな王様で売ってるんだよ、俺様は」

ふふん。と笑みを浮かべる表情はリグの静かな笑みとは全く別の顔で、似ているのに似ていない。
朱理が呆然としている間にリグは朱理の事を説明してくれて、アシードはまたお茶を用意してくれている。今度は魔法を使いつつも手でも用意してくれていて、何度目かのお茶に朱理のお腹がたぷんたぷんになりそうだ。

アシードのお茶は美味しいけど、やっぱりリグとヴァンの言い合いが気になってしまって自然と視線が、大きな瞳がじい、と二人を見てしまう。
説明ついでに何やら言い合いになっているらしい兄弟は仲が良さそうだ。奔放な兄にしっかり者の弟、と言う構図だろうか。

・・・いや、ちょっと待て。ヴァンが兄と言うならリグは弟で、そうなると。

「ねえ、リグは王子様?」

になるのではないだろうか。首を傾げる朱理はこの状況においては割とどうでも良いことを口に出した。いや、どうでもいいことだとは一応分かっているが一番気になる事でもある。

「何だ、まだちゃんと名乗ってなかったのかお前は」

そんなリグにヴァンが人の悪い笑みを浮かべて朱理の方を見る。

「陛下。アカリはまだ状況を理解できてはいません、いきなり詰め込んでは可哀想でしょう」
「いや、案外飲み込めてると思うぞ。賢そうな目をしている。んで、アカリ。リグは俺の弟だからちゃんと王子様だぞ。で、こう見えて騎士団長だ」
「きし、だんちょう・・・?」

聞き慣れない名前だ。呟きながら首を傾げれば、朱理と同じ様に皆も首を傾げた。

「騎士団長が分からないのか?」
「つーか、騎士も分からねえのか?」
「アカリの世界では騎士はいないのですか?そんな事はありませんよね?」

それぞれ同時に口を開いて、余計に朱理は混乱してしまう。

騎士は分かる。と言っても現代に騎士はなかなかいないから、朱理の知っている騎士は主にゲームに出てくる騎士の方だが。けれど、リグが騎士団長と言われても全く分からない。

「オレの世界にはちょっといないと思う。騎士って、闘う人の事か?」

そう。朱理の認識ではそんなものだ。

「これは、困ったな。思ったよりアカリの世界と我々の世界は違う様だ」

ふむ、と考える仕草をするリグにヴァンもアシードも腕を組んで考え込んでしまう。朱理だって考え込みたい。

「まあ、今は世界の違いよりもアカリの事ですね。陛下」
「ああ。そうだな」

考え込んでいた3人がアシードの言葉で姿勢を正した。何だろう。不思議に思う間もなく、ヴァンが椅子を立ち上がり、アカリの前に静かに膝をついた。リグも、アシードも膝をついて、片手を胸の前に捧げる形を取った。

そうして、ヴァンが真剣な表情になって、静かにアカリを見上げながら口を開く。

「恐らく我が世界の事情で巻き込んでしまったのだろうが、アカリには何の関係もない事。せめて今、約束しよう。ガーデン・ド・サウの王としてアカリの身分を保障し、我が最上の客人として迎え入れたい。アカリがこの世界に来る事になった原因を我が力をもって究明する。正直、アカリをアカリの世界に返せるかどうかは断言できないが、最善を尽くす」

王だと紹介されたヴァンが朱理の前に膝をつく。その意味は分からないけれど、真摯に語られる約束は朱理をとても尊重してくれるものだ。

「アカリの弟だと言うカイリを探す事も約束しよう。ガーデン・ド・サウはもちろん、キキシャイロウも、イーガシアースも、全ての世界を探すから、待っていてくれるか?」

どうしてここまで良くしてくれるのか。こんな、ついさっき中学校を卒業したばかりの子供に、こんなにも大きな大人が揃って膝をついて約束してくれる。アカリの事を心配し、保護し、海理までその懐に入れようとしてくれる。

「ど、して・・・そんなに、良く、してくれるんだ?」

声が震えてしまう。それは感動と言うより驚きで、恐る恐る声を出した朱理にヴァンもリグも、アシードも優しい笑みを浮かべた。

「そりゃ手前勝手な理由でアカリを巻き込んでしまった事が明確だからだ。申し訳ないと言ってもアカリがすぐ帰れる訳じゃない。だから、俺達にできるのは、せめてアカリがこの世界で困らない様にしてやる事しかできないって事だ。これでもアカリにしてやれる事は少ないんだから、そんな感動しましたってデカイ目で見てくれるな」

にま、と表情を崩したヴァンが立ち上がりながらまた朱理の頭を撫でてくれて、一緒にリグもアシードも朱理の、膝の上で固く握られた手の上からそっと握ってくれた。





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