第1部・風の宮殿、白の騎士.010




泣いて泣いて、思いっきり泣いて。

抱き付いたリグの身体は大きくて、朱理が少しくらい暴れてもびくともしなかった。抱きしめられたまま、リグに包まれる様に泣いていたらいつの間にか抱き上げられていて、まるで子供みたいな格好になっていた。なのに、それが安心できる。

「・・・ごめん。ありがと」

そろそろとリグの顔を見上げれば困っていた綺麗な顔がほっと緩む。心配してくれていたのだろう。何度か朱理の小さな頭が撫でられて、いい加減この体勢も恥ずかしいからとリグの上から退こうとした時、部屋の入り口が開いた。

「おや?おやおやおやおや・・・」

アシードが戻ってきたのだ。入り口で立ち止まって、どうしてだかにんまりと笑っている。

「おい、早く入れ。俺が見えないだろうが」

そうして、もうひとつの声がする。
何だろう?目を見開く朱理にリグが少し渋い顔になりながら朱理を退かせてくれて、そのままソファに下ろされる。

「随分と仲良しさんになりましたねぇ」

はっきりと泣き腫らしました、な顔をしている朱理にアシードは微笑みながら部屋に入るなり、また指先を光らせて蒸しタオルを出した。
何もない空間からぽとり、と蒸しタオルが落ちてくるなんて、やっぱり魔法って不思議だ。

目を見開く朱理にアシードはすたすたと歩いてくると朱理の顔を拭ってくれる。乾いたタオルでも気持ちよかったが、蒸しタオルは暖かくてもっとさっぱりする。
魔法に驚いて呆然としてしまった朱理は為すがまま、さらりと顔を拭われて恥ずかしいと思う間もなくアシードが離れて床に膝を突いた。

すると、もう一人。
声だけ聞こえていた人が部屋に入ってくる。

「いやあ、こりゃまた随分と可愛いのが来たな」

ぱか、と朱理の口が開いてしまった。
誰、と言うより何より、リグにそっくりだ。
なのに、全然違う。例えるなら、リグの豪華バージョンと言うべきか。

髪の色も目の色も、顔立ちも身長すらリグと同じに見える。
銀の輝く髪に水色の瞳。長身でとても綺麗な顔立ち。服はリグの物とは違い、色は純白に銀の刺繍までは一緒だが、ゆったりとしてアシードに似た衣装だ。ただ、アシードの腰には剣らしきものはないけど、この人には立派な剣らしきものが随分と豪奢な飾り付きである。

「まさかこんなのが来るとはなあ」

うんうんと一人頷くその人は太陽を思わせる華やかな雰囲気で、その雰囲気が決定的にリグと違うのだと思わせる。
どちらかと言えばリグは硬質な雰囲気だ。凜とした冬の空気を思わせる、格好良いけど冷たそう。がリグの雰囲気だと思う。

「陛下、わざわざすみません。それで、説明をしたいのですが」

ぽかんとした朱理を置いてリグがさっと床に膝をついた。陛下?と言う事は一番偉い人だ。
こんなにリグそっくりなのに、一番偉い人・・・・んん?

「まあ待て。でっかい目した可愛い子ちゃんが驚きすぎて目が零れそうだぞ」
「・・・へ?お、オレ・・・?」

ようやくぱかりと開きっぱなしの朱理の口が閉じた。
けれど驚きのまま目は見開きっぱなしで、そんな朱理をとても楽しそうに見ながら、リグそっくりの人がソファの前まで来た。すんごい良い笑顔だ。

「俺はヴァン。ブラヴァンドール・アシア・ガーデン・ド・サウ。舌噛むから正式名称は覚えなくてもいいぞ。で、このガーデン・ド・サウ、風の宮殿の王をやってて、そこにいるリグの兄貴だ。よろしくな」

一気に告げて、驚きに目を見張る朱理の頭をぐりぐりと撫でてくれる、がちょっと乱暴で朱理の頭まで揺れてしまった。





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