第1部・風の宮殿、白の騎士.009 |
「これを見ながら説明しよう。すまなかったな、私には当たり前の事すぎて気づけなかった」 リグの手にある本はやたら大きくてぶ厚い。 装丁がとても綺麗で、フチに金色の、たぶん金そのものだろう飾りがついてる。高そうで、随分と古そうだ。 「それ、何?」 「見れば分かるさ」 またリグが朱理の前に膝をついて(そうしないと目線が合わないからだと思われる)、大きな本を朱理の膝の上にのせる。大きさと厚さの割に軽い。そっと指先を触れさせれば感触は普通の本だ。けれど、リグが本を開けば朱理の大きな瞳が零れんばかりに開かれた。 「う、わ・・・っ」 すごい!開いた本の中から世界が飛び出した! 例えるなら立体ホログラム、になるのだろうか。開かれた本の上に小さな世界がふわふわと、本当にふわふわと浮いているのだ。 それは、緑色の球体と、青色の球体と、月みたいな球体。 大きさの違う球体がぷかぷかと浮かんで、3つの球体の間を何だか小さな物が行き来している様に見える。 「この世界の縮図で世界の風景を魔法で写し取っているものだ。それで、今、私達のいるガーデン・ド・サウはこの緑色の球体だ」 指差したのは、3つの球体の中で、丁度真ん中の大きさの、緑色の球体。 ガーデン・ド・サウ。 緑色に見えたのは草原だった。球体のほぼ全てを草原が覆っていて、その他に目立つのは大きな街らしき物と、白い城の様なもの。 「ガーデン・ド・サウはほぼ全てが草原に覆われた豊かな世界だ。この街はライブラリーと呼ばれる世界図書館。城は風の宮殿。今朱理がいる所だ。もちろん他に街もあれば村もあるが、縮図だから大きな物しか反映していない」 「・・・う、うん」 呆然と縮図を見つめる朱理にリグは次の球体を指差す。月みたいな白い球体だ。 「これはキキシャイロウ。光りに覆われた世界で、世界の半分以上を闘技場街が占めている」 キキシャイロウ。 光り溢れる球体は一番小さい。確かに球体の半分以上が建物になっていて、光りはその建物から溢れている。何て言うか、例えるなら綺麗な繁華街と言った所か。残りは湖らしきものと山が沢山で、ガーデン・ド・サウの様な穏やかな風景はない。荒々しい、湖と山の他は荒野だ。 「最後に、これがイーガシアース。海の世界でマールファンの生産地でもある。この世界の街は全て船だ。沢山の船を繋げて街としている」 最後に指差したのは一番大きな、青色の球体だった。 イーガシアース。 世界のほぼ全てが海で覆われていて、陸地は見えない。変わりに大きな船がいくつも浮かんでいて、どうやら船と街が一緒になっている様だ。縮図なのに大きく見える船は実際に見ればとても大きいのだろう。そりゃ船が街になるのならば大きいとは思うが、朱理には想像もできない。 そうして次にリグが指を指したのは、最後に残った、球体の間を移動する、不思議な物体、だと思われるものだ。 朱理の目にはぷよぷよとした出来損ないの水饅頭みたいな形で、半透明の水色で、なぜか小さな白い羽根が生えているヤツで。 「世界と世界を行き来している丸いのがいるだろう。これがマールファンだ」 リグの指がぷに、とマールファンに触れる。半透明なのに、なぜか見た感じがぷに、だ。 不思議過ぎる、生き物かどうかも怪しい物体に朱理の瞳は見開かれっぱなしで、そろそろ目が乾いて痛い。 「・・・マールファン?」 そっと手を伸ばして触れてみた。 ・・・どうしよう、感触がある。で。やっぱり、ぷに、だった。思わず何度も突けばリグが笑って、そっと朱理の手を握ってくる。 「後で本物を見に行こう。ここにも沢山いるしな」 「・・・う、ん」 何だかもう説明だけでお腹いっぱいだ。握られた手は感覚がおかしくて、ぷにぷにの感触はあったけど、リグに握られていても暖かさがない。冷たいのか、暖かいのかも、もう分からない。 ぱたん、と本を閉じれば飛び出していた球体もマールファンも消えた。魔法って便利だ。同時に、深い深い溜息を落として目を伏せた。 「疲れたか?」 心配そうにリグが聞いてくれるけど、答えるのもなんだか億劫で頷くだけで返事する。 「いきなりだったからな。少し休むと良い」 優しい声。どうしてリグはこんなに優しくしてくれるんだろう。心のすみっこで思ったけど、疲れは大きく目を開けているのもしんどくて。ゆっくりと目を閉じれば大きな手が朱理の頭を撫でてくれた。 もう、このまま眠ってしまいたい。そうして、目が覚めたら夢だったらいいのに。起きたら側に海理がいて、春休みだったらいいのに。 「・・・っ、ぅ」 じわ、と涙が浮かんでしまった。泣いたってしょうがないのに、一度思い出してしまえば溢れてしまう。泣いても何も解決しないのに! 「・・・アカリ、無理をするな。泣きたい時にいっぱい泣いてしまった方がいいぞ」 「でも、オレ・・・ヤだよっ」 泣きたくなんてないのに。 でも、溢れる涙はもう止まらなくて、さっきよりも朱理の心は泣きたくて。身体を震わせながら我慢していたら、リグが隣に座る気配がした。 「ちゃんと泣いて、それから考えよう。私も一緒に考えるから」 囁く声は心配そうで、なのに頼りがいのある声で。そっと抱き寄せられた朱理はもう我慢できなくて、リグにしがみついて大きな声で泣いてしまった。 |
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