第1部・風の宮殿、白の騎士.007 |
「では陛下の所にご案内します。先程大まかな話は通しておきましたから、歓迎してくれますよ」 朱理の来ていた服を大切そうに机の上に置いたアシードが部屋を出ようと扉の前に立つ。陛下と言う事は王様だ。こんな直ぐに王様に会うのか。 思えばここに来てまだそんなに時間は経っていない。けれど、もう何時間も経っている様で時間の感覚がない。リグがぼけっと突っ立っている朱理の背を軽く押した。 「陛下は懐の広い方だ。歓迎される事は間違いないが、歓迎し過ぎて疲れるかもしれないな」 見上げれば苦笑しながら歩き出した。 朱理も歩き出して扉の前に立った時、足が痛んだ。 つきん。と。右足が、痛い。 「・・・え?」 突然立ち止まった朱理にリグも立ち止まり、部屋を出たアシードも振り返る。 「アカリ?」 不思議そうに声をかけてくれるリグに返事なんてできない。 この痛みは朱理の痛み。 でも、違う。 これは、朱理の痛みだけど、朱理のものではない。 「・・・かい、り?」 そうだ。これは海理の痛みだ! でも、どうして海理の痛みが、それも、こんな酷い痛みが。 「どうして海理が怪我なんか・・・なんでこんな酷い痛みって、ウソだろ・・・」 呆然と呟く朱理にリグの眉間に皺がよる。何を言っているのか理解できないからだ。 「アカリ、どうした?」 身を屈めて朱理の顔を覗き込んだ。朱理も近くなったリグにようやく気付いて、力の限り、リグの服を掴んだ。 「海理がいる!海理がいる!同じ場所だ!感じるんだよ!」 「カイリ・・・?」 いつだって朱理と海理は一緒だった。朱理が風邪を引けば海理がくしゃみをして、転んで怪我をすれば痛みを共有した。 それは、遠く離れていても感じる不思議な感覚。そして、どんなに離れていても同じ空間にいるのだと、なぜか分かってしまう。 「オレの弟だよ!双子の!分かるんだ、海理が怪我してるんだ!なあ、海理は?どうして海理が怪我してるんだ!?」 指先が白くなる程にリグの服を掴んで叫ぶ。もう分からない事だらけで限界だったのかもしれない。自然と朱理の大きな目には涙が浮かび、叫ぶ声が高ぶりすぎて枯れてくる。 「なんでこんな酷い怪我してるんだよ!どうしていないんだよ!」 「アカリ、すまない。分かっていると思うが、発見したのは、アカリだけだ」 「何でっ!何でだよ・・・」 溢れる涙が止まらい。ぼろぼろと涙を零す朱理にリグは困り顔で立っている事しかできないが、アシードは思案顔になって、呟いた。 「ひょっとしたら、違う世界に召還されてしまったのかもしれませんね。この世界ならあり得る事です」 「違う、世界・・・なんだよ、それ」 「調べなければ分かりませんが、いえ、そうですね。至急調べましょう」 「だから違う世界って何だよ!」 アシードの言っている事が全く分からない。不安と混乱と苛立ちが朱理の声を荒げてしまう。 「アカリ、落ち着いてくれ。そんな大きな目で泣くと、目が・・・」 そんな朱理に手を伸ばしたのはリグだった。心底困っている表情で朱理の目元に手をあててくる。それは、涙を拭うと言うより、まるで。 「オレの目は落ちないってば!」 「いや、しかし、落ちたら困るだろう?」 「そりゃ困るけど、落ちないって・・・」 こんな大きな男が朱理みたいな小さな子供におろおろしている。あんまりにも困った顔をしているリグにようやく朱理も落ち着いた。と言うよりも気が抜けてしまった。ぼろぼろと零れる涙はまだ止まらないけれど、ほっと息がつける。 そんな朱理にリグもほっと息を吐いて、小さく笑みを浮かべた。 「アシード。陛下をお呼びしてくれ。このまま外に出るより陛下を呼んで話した方が良いだろう。どのみち早く紹介しないと煩そうだからな」 「そうですね。いきなりいろいろな事があってアカリには申し訳ないですし、お呼びしてきましょう。新しくお茶と菓子も出しておきますから、どうぞ少しの間ですが休憩して下さいね、アカリ」 アシードがそっと朱理の頬に手を添えて苦笑する。訳の分からない所に来てしまったけれど、ここの人達は、まだリグとアシードしか知らないけれど、とても優しく朱理に接してくれる。 「・・・怒鳴ってごめん。ありがとう。リグ、アシード」 それなのに怒鳴ったりしてごめんなさい。そんな気持ちを込めてお礼を言えば二人とも嬉しそうに微笑んでくれた。 |
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