第1部・風の宮殿、白の騎士.006




「やっぱりファンタジーな部屋かぁ」

ぼそりと呟いた朱理は肩を落として着替える部屋に入ってから溜息を落とした。
隣の部屋と似た雰囲気の部屋だ。ただ、こっちの部屋は窓が多くて明るく感じる。目立つ家具と言えば本棚と小さなテーブルくらいだが、どう見てもファンタジー映画に出てきそうな物達ばかりで、当たり前の様に見えた本棚の本には絵の様な文字が背表紙にある。

「ま、着替えるか・・・」

もう考える事を放棄したい。けれどこれは現実で、残念ながら夢ではなさそうだ。とぼとぼと歩いて小さなテーブルの上にアシードから渡された服を置く。もそもそとコートを脱いで、今頃だけれどもコートの下に着ている制服に涙が滲みそうになる。

だって、卒業式で、皆で遊んで、海理もいて。

「海理、無事だったのかな・・・」

ここにいるのは朱理だけ。片割れの事を思い出せば余計に涙が滲んでしまう。ぐっと腹に力を入れた朱理は口をへの字にしてネクタイを取った。それからばさばさと制服を脱ぎ散らかしてアシードに渡された服を広げる。
・・・何だこれは?

「これ、服なのか?」

意外すぎて涙も止まってしまった。
ぴろんと広げた服は薄手の白い布だった。が、朱理の知っている服よりはだいぶ大きさが違う。何だか大きすぎるのだ。

「えーっと、これが頭か?」

とりあえず布を被ってみれば頭が出た。もそもそと両手を動かせば袖らしきものも見つかって手も出た。が、やっぱり大きすぎる。布は朱理の膝下まであって、これじゃただ布を被っただけ。服じゃない。
よく見れば白い生地の中に銀色の刺繍がしてあるが、布は布だ。テーブルを見ればまだ布がある。

「何でどれもこれも白いんだろ」

呟きながら広げれば今度はちゃんとズボンに見えた。まだテーブルの上には生地があるからそれも広げてみれば下着の様だ。だぶだぶのトランクスみたいな形で、両脇に紐が出ている。これで調整するのか。その下にはやっぱり白い皮のサンダルが置いてあって、残る最後の衣装は深い青色の帯、だと思われるものだった。

服を着るだけでも大変だ。と言うよりも下着まで用意されているのもどうなんだろう。着替えは有り難いけど、何かむずむずする。でも用意してくれたのだからと、下着まで脱いで着替えた朱理は最後の帯らしきものを手にとって首を傾げた。

「・・・どうすんだ、これ」

結ぶのか、それとも違う方法があるのか。全く分からない。
一応上から下まで着替えたし、これは聞いた方が早いだろう。帯を置いて、脱ぎ散らかした服を纏める。
見慣れた服。ここで携帯電話でもあれば少しは心強かったのだろうか。けれど、中学を卒業したら買って貰う約束で、コートのポケットには財布とハンカチくらいしかない。
でも、きっと財布は使えなさそうだ。

「行く、か」

ぎゅっと纏めた服を抱きしめながら扉を開ければ真っ先にリグが近寄ってきた。アシードも来る。

「服をお預かりします。大丈夫、綺麗にしてお返ししますよ」
「大丈夫か?」

抱きしめていた服はそっとアシードに取られて、リグは心配そうに身を屈めて朱理を覗き込んでくる。何だろう?見上げながら首を傾げれば長い指が朱理の目元に触れた。

「瞳が赤くなっている」
「え?」

朱理の瞳は大きい。ぱっちりとしてリグから見れば身体の大きさもあってとても小さくてか弱く見えてしまう。何度か瞬きした朱理はくすぐったそうにリグの指を避けてにぱっと笑う。どう見ても無理のある笑みだ。

「何でもない!それより、これ、何だ?」

とっさに笑みを見せたのは朱理のせめてもの強がりだ。服を脱いだだけで泣きそうになったなんて知られたくない。持って行かれた服に心は残りつつも帯らしきものをずい、とリグに差し出した。

「ああ、帯か。結び方が分からなかったんだな」

そんな朱理の強がりにリグものってくれた。微笑んで、一度朱理の頭をくしゃりと撫でてから帯を広げた。
やっぱり帯だったらしい。どうやって結ぶのだろう。リグの手を眺めていれば床に膝を突いて朱理の腰に帯を巻いてくれた。大きすぎる服は帯を巻く事でちゃんとした服になる。二回くるくると巻いて背中で結ばれた。どんな結び目かは分からないけど、すかすかしていた服がようやく落ち着いた。

「良く似合う。ああ、それとそのサンダルは足首で結ぶものだぞ」

帯を結んでくれたリグがそのままの体勢でサンダルの紐まで結んでくれる。皮のサンダルは朱理も知っている形だったから適当に履いたのだが、違う様だ。器用に動くリグの指が何だかくすぐったい。

「よし、これで良い」
「良くお似合いですよ」

アシードにも褒めてもらってやっぱりくすぐったい。しゃがんでいたリグが立ち上がって軽く朱理の頭を撫でた。何だか撫でられっぱなしだ。





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