第1部・風の宮殿、白の騎士.005




聞きたい事は沢山。
ここはどこ?オレはどうしてこんな所に?海理はどこに?

なのに、言葉が出てこない。聞きたい事が沢山ありすぎて、何から聞けばいいのか迷ってしまう。カップを両手に持ったまま黙り込んでしまった朱理の前にリグが静かに膝をついた。さら、と長い銀色の髪が揺れる。

「アカリ、と言ったな。まずは私達の話から聞いてはくれないだろうか?」

真っ直ぐに見上げてくる瞳は水色でとても綺麗だ。ぼうっと見ていたらリグが微笑んで、そっと朱理の持っていたカップを取った。
テーブルの上にカップを置いて、朱理の手を握ってくる。大きな手だ。朱理の手より二回り以上大きくて、ごつごつしている。手触りは良くないけれど不思議と嫌じゃなくて、そのままにしていれば軽く握り直された。

「まずはアカリに詫びねばならない。巻き込んでしまって、申し訳ない。詳細が分かり次第、報告する事を約束する」

とても真剣な声だ。見ただけでも朱理よりだいぶ年上なのに、この人は朱理を真っ直ぐに見る。面白い人だなぁ、なんてぼんやり思う朱理はとっくに現実逃避しているのかもしれない。
だって、もう分かっているのだ。これから何を説明されようと、ここは何もかもが違うんだって。

「分かったよ。えっと、リグ、でいいのか?」
「ああ、そう呼んでもらえると嬉しい」

力なく答えた朱理にまたリグが微笑む。暖かい笑みだ。つられて朱理も微笑めばなぜかリグの目が見開かれてとても嬉しそうな笑みになった。不思議だ。

「・・・楽にして聞いてくれ」

握られた手が暖かい。目の前に膝を突くリグをぼんやり見ながら静かに頷いたらゆっくりと説明がはじまった。

「ここは世界のひとつ、ガーデン・ド・サウ。王が住まう風の宮殿だ」

やっぱり聞いたことのない名前だ。まあ、ここで聞き覚えのある名前だったら違う意味でびっくりだろうけれど。

「この宮殿には王と王族。我ら白の騎士、それに神官がいる。アカリは、この宮殿の神官によって召還された」

召還。まるでゲームみたいだ。

「召還魔法は最大の禁呪だ。決して使用される事のない様に封印されているのだが、破ったのだろう。我々も事前に察知できなかった。アカリが召還されるほんの少し前、突然有り得ない魔力の波動を感じ慌てて白の部屋に行ったら、アカリがいた」

白の部屋とは朱理のいたあの真っ白い空間の事だろうか。大人しく説明を聞いていれば、ここまで静かに話してくれたリグが小さく咳払いした。

「暫く滞在する事になるだろうから、生活様式については追々覚えてくれればと思う。後で王にも紹介して、恐らくアカリの身分は客人になるだろう。アカリが不自由を感じない様に最大の努力をする」

そうして、また喋りはじめて・・・終わった。
え?これで終わり?

「えーっと、説明ってこれだけ?」
「その、すまん。アカリに説明しなければとは思うんだが、何をどう話しば良いやら・・・」

すまなそうに苦笑するリグに朱理の心が緩む。こんな立派そうに見えても分からない事があるんだ。そう思えば混乱しているのは朱理だけじゃないみたいで、ちょっと嬉しい。緩んだ笑みを浮かべる朱理にリグも苦笑しながら立ち上がった。

「すまないな。聞きたいことがあったら最優先で答えるから、いつでも質問してくれ」
「うん。オレも良く分かんない事ばっかりだし。ありがと。リグ」

優しい人だと思う。朱理みたいな子供にもちゃんと誠実に答え様としてくれている。何もかも分からないけど、最初に喋った人がリグで良かった。ほっと息を吐いたらいつの間にかアシードが部屋の外から入ってきた。リグが話をしている間、部屋の外に出ていたのか。全然気付かなかった朱理は驚いたけれど、リグは分かっていたのだろう。軽く視線をアシードにやって小さく頷いた。

「はい、アカリに似合う服を持ってきましたよ。その服だと目立ちますし、随分生地が厚い様に見えますからね。外に出たら暑くなりますよ」

はい、と座る朱理に渡されたのは白い布みたいな、服なのだろう。確かに朱理の服装は冬服だ。コートも着ている。今まで暑さなんて感じなかったし、白い部屋にいた時は寒かったくらいだけれども、この部屋は暖かい。もしここが本当に朱理の知らない世界で、リグ達の格好が普通ならば目立つだろう。
服を抱えて立ち上がった朱理にアシードが出口とは違う扉の前に立つ。

「着替えはこちらで。脱いだ服は洗ってアカリにお返ししますね」
「ありがと。えっと、アシード、で良いのか?」
「ええ。もう名前を覚えて下さったのですね。ありがとうございます」

にっこりと微笑むアシードはリグとは違う美しさだ。何だろう、綺麗なお兄さん、だろうか。花が咲く様な微笑みに見送られて着替える部屋に入った。





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