第1部・風の宮殿、白の騎士.003




ほっこりとなれば自然と心もほっこりとなるらしい。暖かさで余裕ができたのだろうか、マントにくるまりながら男を見上げた途端、朱理の心がとくんと鳴った。

『ん?』

何だろう。不思議に思ってじいと男を見つめていれば、男がふわりと微笑む。
言葉が通じないから、態度で示そうと言うのか。柔らかい笑みを浮かべた男が何も言わずに朱理を見下ろしている。あんまりにも真っ直ぐに見下ろされるから、何だか恥ずかしくなってしまった。
だって、本当に格好良い人だと思うのだ。凛々しいと言うのだろうか、整った顔立ちは朱理の様に女の子に間違われる整い方じゃなくて、誰が見ても格好良い、男らしい整い方だ。水色の瞳も宝石みたいにキラキラしてるし、銀の長い髪もとても綺麗。

見つめられていると落ち着かなくて、視線を反らしたら、丁度白フードの男達が捕まえられている所だった。
白フードは何なのだろうか。目の前の男と同じ様な服を着た人達がわらわらと縄で白フードを縛っている。何だか怒鳴っているみたいだけど、賑やかなだけで朱理には全く分からない。

けれど、なぜだろう。くるまれたマントだけで安心している自分がいる。言うなれば高みの見物な気分だ。あんまりにも見慣れない光景に心が麻痺しているのかもしれない。

「まだか、遅いな。こちらから行った方が早いか」

小さく呟く声。男の声だ。何だろうと見上げればやっぱり朱理を怖がらせない様になのか、にこりと微笑みながらも、容赦なく持ち上げられた。

『うわっ!』

驚いて叫ぶけど男は気にせず朱理を持ち上げてしまう。
抱き上げる、ではない。持ち上げる、だ。
確かに朱理は平均より小さくて軽い。そりゃ分かっているけど、片腕でひょい、だなんてあんまりだ。おまけに白いマントが丁度良い具合に朱理をくるんでしまって、何も見えないじゃないか。

『何だよ!運ぶなよ!下ろせよ!』

騒いだって男は気にせず歩いている様だ。がっしりとした手は朱理がちょっとくらい暴れたってびくともしない。嫌な感じだ。
微かな振動で歩いているらしい事は分かるのだが、生憎と何も見えない。一通り暴れて文句を言って、それでもまだ歩いているらしいから、何だか疲れて口を閉じた。

すると、なぜか風の鳴る音が聞こえた。ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、と。風の強い音がする。それと、全く分からない言葉と、人の気配が沢山。

いったいここは、どこなんだろう。不思議に思うよりも、あんまりにも非日常過ぎて、もう考える事を放棄したい。
男に運ばれながら欠伸まで出てきて頃、ようやく足が止まった。そうして、ゆっくりと下ろされて、どうやら椅子に座らされた様だ。

『・・・うわ』

もぞもぞとマントから顔だして、また驚いた。
ファンタジー。どこもかしこも、ファンタジーだ。
どうやらあの白い部屋から移動して、また違う白い部屋に運ばれた様で、どこもかしこも白いんだろうか、なんて思ってしまう。

広さはさっきより狭いけど、何て言うか、生活感がある。
色の濃い木の、立派なデスクに椅子。本棚にテーブル。全部が映画で見た様なファンタジー仕様で、壁は白。どうやら全部が白い石造りらしい。
そうして、きょろきょろと辺りを見回す朱理の正面には人が座っていた。

朱理を運んだ男より少し年上に見える外人だ。肩まで伸びてる金髪に金色の瞳。
服装は銀髪の男とは違って、白だけれども、白の生地に緑が混じり、上から下まですとんとした豪奢な衣装だ。朱理の意見で例えるなら魔導師っぽい格好だ。
でもって、こいつも男前。朱理を運んだ奴より細い感じだけど、イイ男だ。

『もう言葉分かんないって分かってるけど、誰だこいつ?』

何だかもういろいろ在りすぎて疲れてきた。がっくりと肩を落とした朱理に金髪の男が驚いた表情で朱理の後ろと話してる。銀髪の男と会話しているのだろう。

「全く、何事かと思えばこんな事だなんて・・・信じられません」
「私だって信じられないさ。しかし現実に起こってしまった。とりあえず言葉が通じなくて困っている。できるか?」
「私を誰だとお思いか?言葉を繋ぐのはそう難しい事ではありませんよ。どれどれ。しかし可愛い子ですねぇ」
「感想は後で良いから早くしてやってくれ」

ごにょごにょと会話する二人を呆然と眺めていたら(だって言葉が分からない)金髪の男が納得した顔になって、にっこりと微笑んだ。
微笑む顔まで男前だ。訳の分からない状況で出会うのは男前ばかり。何だか不公平だ。すっかり心の麻痺した朱理が少しだけ頬を膨らませて金髪を睨めば、金髪はにこにこしながら右手を朱理の顔まで上げて、指先を向けた。





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