第1部・風の宮殿、白の騎士.002




すう、と真っ白な空間に光が差し込んだ。

カーテンから差し込む光みたいだ。強烈な光りに思わず視線を向ければ光はどんどん大きくなって、眩しくて目を開けられなくなってしまう。

「ぬぉ!気付かれたか!」
「しまったっ!早すぎる!」

分からない声も焦っているらしい。言葉は分からなくても狼狽する雰囲気がする。
朱理だって狼狽したい。けれど眩しい光はとうとう真っ白の空間を光の白に染めて、目を閉じたままの朱理に今度は違う声が聞こえた。

「見つけたぞ!大召還を企てたのは貴方々か!神妙にせよ!」

今までとは違う、一際大きく響く、凜とした声だった。
そろそろと目を開ければもう眩しくはなかった。が、また朱理は驚く事になる。

白だけだった、終わりのない空間が変わっていたのだ。
いや、部屋を作る石は変わらない。白い石だ。けれど、空間に終わりができた上に、朱理から見て遠い正面には扉があって、それが開いている。

そう、扉だ。でも、朱理が良く見る扉ではない、大きな大きな扉。
その扉は深い緑色で、外から扉を開けたのだろか。漏れる光の中に一人、男が立っていた。

『うわ、何だありゃ・・・』

思わず気の抜けた声が出てしまった。
だって、あれは違うだろ。そう思ってしまったのだ。

背の高い男で、年は朱理よりずっと上、父親よりは下、くらいしか分からないが随分とイイ男の部類に入るだろう容姿だ。

でも、髪の色が違う。黒じゃない。銀色と言えばいいのか、きらきらと眩いくらいに輝いていて、とても長い。正面からは見えないが、おそらく腰くらいまではありそうで、両脇だけを後ろで結んで、あとは真っ直ぐに伸びている。
遠目にも分かる水色の瞳は切れ長で、強くも美しい光で真っ直ぐに朱理を凝視している。随分と驚いている様だが、朱理だって驚いているのだ。

有り得ない。髪も目の色も有り得ないけど、何よりあの格好が有り得ない。
例えるならファンタジーな衣装で、例えなくても、どう見ても頭の天辺から足のつま先まで、ファンタジーだ。

純白の、所々に銀の刺繍の入った衣装は豪奢で格好良く、軍服の変形版に見える。雰囲気から見て騎士服、と呼ぶのが一番良いだろうか。上着の丈が長く、膝まで覆う形で、その下に真っ白なズボン。
足下までもが白の、きっと皮で出来ているんだろうブーツで、上から下まで真っ白なのに、不思議と清潔さよりも、硬質な強さを最初に思い浮かべてしまう、そんな衣装で。

『うそ、だろ・・・』

誰か嘘だと言ってくれ。夢なら覚めてくれ。早く覚めてくれ頼むから!
叫びたい朱理だが、残念ながら朱理よりも先に朱理を凝視していた男が叫んでしまった。

「見損なったぞ!大神官ともあろうものが禁呪を唱えるなど!よりにもよって召還など!」
「何とでも言いなされ。儂らは世界の繁栄を願って」
「黙れ!世界の繁栄を願うのに何故禁呪を唱える必要がある!しかも空間までねじ曲げて!あなた方の罪は二重だ、直ちに身柄を拘束させていただく!」

今度は見知らぬ男達の声も一緒だ。盛大に怒鳴り合っている様だが、何が何だかさっぱり分からない。
と言うより、白い男ばかりに気を取られていたが、怒鳴り合う声と気配にようやく他の人間も同じ部屋にいる事に気がついた。
銀髪の男と朱理の、丁度中央に2人もいた。但し、頭からすっぽりと白いフードを被っていて見かけが全く分からない。そのフードにもあちこちに銀の刺繍があって、見た目はとても豪華そうだが、朱理の混乱を増すだけの格好だ。声の様子からして、この人達が最初から部屋にいたと思われる。

何でこんな所に。混乱するより早く銀髪の男の背後から何人か、男と同じ様な格好の人が出てきて部屋の中が騒がしくなる。
動きから見てフードの男達は捕らえられる様だ。何やらわめいているが、分からない。

一人祭壇の上で大きな目を見開きっぱなしの朱理は何もできない。身体の震えは収まる事なく、コートを着ているのに寒く感じる。

何で、どうして。

巡る言葉に答えはなく、身動きができないくらいに混乱する朱理の前に、いつの間にか、白い男が立っていた。

「すまない。巻き込んでしまった様だ・・・こんな、子供を」

呟く声に顔を上げれば、朱理を見下ろしながら銀髪の男が苦しげな表情で身に纏っていたマントを音もなく外した。マントも純白で、所々に高そうな銀色の刺繍がある。
マントはふわりと翻ったと思ったら朱理の肩に落ちてきた。そう重く感じないのに不思議と寒さがなくなった。

『え?な、何?』

驚く朱理にまた男の表情が苦しげに歪む。

「言葉も通じないとは・・・。誰か、高位魔導師をここに!」

切なそうな表情でじっと朱理を見たかと思えば後ろに向かって何か怒鳴っている。全く分からない。全然分からない。
ただマントは朱理にかけてくれたのだろうと思うから、勝手に大きなマントにくるまった。薄い生地なのに暖かい。不思議と震えていた身体もほっこりとなって、少しだけ朱理の表情が緩んだ。





back...next