第1部・風の宮殿、白の騎士.001




暗い所にいる。辺りは何も見えない。
目を開けているはずなのに、朱理の視界には闇があるだけ。

「・・・どこ、だ?」

首を傾げながらも不思議と恐怖はなかった。ただ闇の中にいるだけ。気になるのは朱理の気配しかしないこと。
手を握ってみれば感覚がある。けれど、足を動かしても歩いていると言う実感がない。
ふわふわとして、現実感がない。不思議な所だ。

「何だってんだよもー、海理ー!海理はいないのか?」

とりあえず双子の名前を呼んでみるけど、返事も気配もない。

「オレ、どうしたんだっけ・・・」

呟く声すら闇にのまれそう。なのに朱理は平然と闇の中でくつろいでいる。

「あの後、飯食って、カラオケして、ゲーセン行って・・・」

そうだ。卒業式を終えて遊びに行った。
もちろん海理も一緒。同級生と騒ぐだけ騒いで遊んで、夜になりそうだったから急いで帰って。

「で、走って家に帰って・・・・違う、家に入ってない」

徐々に記憶が蘇る。
夕暮れ時の街。手を振って別れた同級生達。急いでいたから海理と手を繋いで道を駆けて。

「・・・!そうだ!車だ!海理!海理!」

思い出して、慌てて海理の名を叫ぶ。手を繋いでいたのに海理がいない。

あの時、歩道を駆けていた時に車が突っ込んできたのだ。薄暗い中、ライトは付けてあってもそれは眩しいだけで、真っ直ぐ走るはずの車が朱理と海理めがけて突っ込んで。

「くそっ、何でこんなトコにいんだよ、俺!・・・海理!海理ー!」

だとすればこれは朱理の夢の中かもしれない。あの後からの記憶がさっぱりないのならば、朱理も海理も車に跳ねられて気を失ってのかもしれない。
初めて朱理の内に恐怖が沸く。どうしてこんな所に。
何で真っ暗なんだ。海理は、海理はどこだ!




『海理!』
思い切り叫んだ声が耳に痛い。叫んだ喉も痛い。勢いのまま身体を動かした朱理は痛さで目が覚めた事に気付いた。のだが。

『・・・は?何だこりゃ?』

ぱち、と瞬きして首を傾げる。てっきり病院だと思ったのに違う。
何だこれは?どこだ、ここは?




それは、不思議な空間だった。

真っ白い空間。病院の色は白だけれども、違う。こんな真っ白じゃない。
白は白でも、壁紙の白じゃない。石の白だ。

朱理から見る空間は不思議な広さで、地平線まである様に見えてそうでもなく、ただ分かるのは白い石で造られた壁と天井と床。それだけだった。

どうやら一段高い所にいるらしく、起き上がった朱理の視線は高い位置だ。
どうして高いんだろうと思って下を見れば、これまた真っ白な布に固い感触。
例えるならば祭壇、が一番しっくりくるだろうか。ただし石があるだけで飾りはない。

『な、なんでオレ、こんな所にいるんだ?』

訳が分からなくて身じろぎしながら呟けば突然部屋の中から声があがった。
朱理の声じゃない。もっと大人の、男の声。

「成功したぞ!真実だったのか!」
「流石は主と言う事か。しかしまだ子供の様に見えるが」

声は不思議な言葉になっていて、朱理には全く分からない。
目を懲らしても声の主は見えず、一体何なんだと眉間に皺を寄せれば、なぜか複数の気配がざわめいた。

「これで世界の繁栄を・・・」
「世界を救う為に・・・」

正直うざったい。訳の分からない所で、誰もいない様に見えるのに声だけが聞こえる。しかも、その声が何を言っているのかも分からない。
一応英語の成績は良かったはずだけれども、英語には聞こえない。もちろん、日本語でもない。何なんだ?

『んだよ、どこだよ、ここ。海理はいないのかよ』

とりあえず気になるのは双子の片割れだ。
一緒に帰っていた。ずっと側にいたはずなのに。なのに、車が突っ込んできたあたりから記憶がぽっかりと抜けている。
気を失ったのか。これは夢なのか。
夢なら覚めろ!そう思うのに、不思議と肌に感じる空気が違うと告げる。

『何なんだよ・・・』

混乱した朱理は知らず自分の身体を両腕で抱きしめた。服装だってそのままだ。制服のブレザーに黒のダッフルコート。朱理はそのままなのに、周りが違う。

『何で・・・ここは、どこなんだよ・・・』

怖い。分からない空間に、夢だと思いたいのに違うと告げる直感に、何を言っているのか分からない複数の声に。恐怖を感じる。
かたかたと無意識のうちに震える朱理に、けれど助けの手は意外な所から現れた。





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