フルムーン・シフォン1


「どうしたんだ?風莉」

よく見ればふさふさの尻尾まで固まっている。クッションの中から風莉を抱き起こした李織は固まっている弟を優しく膝の上に乗せたのだが。

「ちゅーされたよ、李織兄ちゃん」

ほけっとした顔の風莉がぽつりと呟いた。

「何だと・・・?」

す、と李織の表情が変わる。そんな李織に気付かない風莉はほけっとしながらも指先を自分の唇にあてた。

「紅茶の味がしたよ。なんか不思議・・・」

そう。クッションの中で、顔を近づけた炎磋に口付けされた。触れるだけの口付け。けれど、風莉には初めてだった。初めてだったのだ。

「・・・そうか。後は兄に任せろ」
「・・・?」

何を任せるのだろう。首を傾げるが李織はとても真剣な顔になって、風莉をクッションに下ろすと立ち上がった。

「炎磋様」
「あ?」

李織の声が低い。ちょっと怖いなーなんて風莉が思っていると緑夜も怖い顔になって風莉を抱きしめた。抱きしめられるのは全然構わない風莉だが、何となく雰囲気が、空気が冷たくなったみたいでぶる、と身体を震わせる。一体どうしたんだろう。そう思う間もなく李織が腰にある剣を鞘から抜いた!

「寿八国皇太子、炎磋様。手合わせ頂きたい」
「普通剣抜く前に言うんじゃねぇのか?」
「煩いですよ。我が弟に不埒な真似をして下さったのですから今すぐに葬って差し上げます」
「ちょっ、それ手合わせじゃねーだろ!」

李織は湖訪国でも最強と呼ばれる騎士だ。その李織がとても真剣な顔で剣を炎磋に向けている。何でこんな事になっているのだろう。全くわからない風莉はそれでも李織兄ちゃん格好良いなぁなんてほけっと見学してしまう。炎磋も慌てて腰にある剣を抜いて応戦している様だが気迫で李織の勝ちだ。

「八つ裂きにして差し上げましょうか」
「だーっ!死ぬ!殺される!緑夜、助けてくれ!」

この部屋は広い。風莉の家より広いけれど、大柄な李織と炎磋が剣で闘うには狭そうで、ほけっと見とれている間に風莉は緑夜に抱っこされて部屋の隅まで避難していた。ちゃんとテーブルとお菓子も一緒に避難しているから、部屋の隅だけれども高みの見物だ。

「ちょっとくらい切られとけ、馬鹿」

闘う二人に高みの見物の二人。風莉としては闘う李織は格好良いし、炎磋もなかなかだなぁ、なんて見学しているけれど、緑夜はとっても不機嫌だ。持参したカップケーキを頬張る風莉を見下ろして、それから炎磋を睨む。

「風莉、ちゃんと口を拭くんだぞ。何なら消毒するか?医療班を呼ぶか?」
「・・・何で?俺、ちゃんと零さないで食べてるよ」
「そっか、そうか。じゃあ沢山食え。食って食って忘れてしまえ!」
「緑夜さん、怖いよ」
「むう、オレは怖くないぞ。怖いのは李織だ」
「李織兄ちゃんは怖くないよ?」

緑夜が何を言っているのか良く分からない。首を傾げる風莉に特大の溜息を落とした緑夜はぎゅっと風莉を抱きしめるとまた炎磋を睨んだ。








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