フルムーン・シフォン1


そんな感じで楽しくお茶をしていたのだが、生憎と緑夜には仕事がある様だ。李織に急かされながらものんびりとしていた緑夜だがカップも空になりしぶしぶ立ち上がろうとした時、部屋の外が突然騒がしくなり、大きな音を立てて扉が開いた。

「緑夜!匿ってくれ!」

叫びながら転がり込んできたのは犬だ。
三角の耳にふさふさの尻尾。どちらも立派で凛々しい上に最高の撫で心地を約束してくれそうなふわふわの毛だ。
その毛の色は赤。珍しい色だ。髪の毛は黒で緑夜と同じくらい、真っ直ぐに腰まで伸びている。瞳の色は耳と尻尾と同じ色。これも珍しい色で顔立ちは男らしく、凛々しい整い方をしている。
李織と同じくらいの年の犬だろうその人は、豪奢な、騎士服に似た、けれどこの国の衣装ではない服装だ。
猫の国の騎士は宮殿の配色と同じ色合いの騎士服で、白と青だ。でも、この人は薄茶に深紅の服。騎士ではないのは分かるが、腰には大振りの剣もあって、どこの人なんだろうと不思議に思う風莉にも、緑夜にも李織にも目をくれずその人は大あわてでクッションの池の中に避難してきた。
身長も見た感じは李織より高く体付きもがっしりしているのに、耳を伏せて尻尾を巻きながらクッションを一生懸命掻き分けている姿は何だかおかしい。そんな犬を半目で眺める緑夜は呆れた溜息を落とした。

「まーた何をしでかしたんだお前は」

どうやら知り合いの様だ。李織を見ればこっちも半目になっている。

「俺は何もしてない!勝手に迫られただけだ!」
「どうせ気を持たせる様なことしたんだろうが、駄犬」
「ウルサイ!良いから匿まえ」
「ったくもー。李織、クッション死ぬほど乗せてやれ」
「了解しました」

クッションの池は風莉から見れば大きいけれど、この人が隠れるには浅いのではないかと思うのだ。それでも必死にクッションを掻き分けて隠れる姿は何だか可愛い。李織に容赦なくクッションを被せられたその人はそう時間もかからず本当にちゃんと、大きな身体をクッションの中に隠してしまった。すごい。

初めて見る人で、おまけにこんな状況だ。風莉の大きな飴色の瞳がきらんと輝いてしまう。

「・・・風莉、期待に輝く目をするな。構うな頼むから見なかった事にしろ」

流石兄と言うべきか、李織は風莉を良く分かっている。兄弟の中でも一番好奇心が強くて、そんな時には自慢の折れ耳がぴくぴくする。身体の割に大きな尻尾もふっさふさとご機嫌に揺れるのだ。

「いや、この場合風莉も潜った方が良いかもな。煩いのが来そうだ」
「・・・余計な物を連れ込みやがって、ですね」

若干李織の目つきが怖くなる。元々凛々しい顔立ちだから余計に怖い。でもお許しを貰った風莉はうきうきとクッションの中に潜ってみた。
小さな風莉は隠れるのも簡単だ。もぞもぞとクッションの中を移動すれば、すぐにあの人が見つかった。大きな体を小さくしながら、やっぱり赤い尻尾がくるんと巻いている。

「ん?何で隠れるんだお前は」

風莉に気付いて首を傾げている。こんなに大きな人なのに、隠れている格好が何だか可愛くてもそもそと近づいた風莉は顔を近づけてにぱっと笑う。

「俺は風莉だよ」
「む、そうか。俺は炎磋(えんさ)だ。よろしくな」

隠れているから小声で会話だ。炎磋と名乗った犬は風莉を見てにこりと微笑む。

「で、どうして風莉まで隠れるんだ?」
「緑夜さんが隠れた方がいいって言ったの」
「緑夜が?」

ひしょひしょと声を出していれば何だかクッションの池の上が賑やかになった。どうやら誰かに追われていたらしい。甲高い女の人の声が聞こえて、それに答える緑夜と李織の声も聞こえる。でもクッションの池に隠れている二人はちゃんと隠れられた様だ。

「良かった。ここなら大丈夫か」
「炎磋、逃げてきたの?」
「ああ、煩くてな」
「ふうん」

顔を近づけて、見つかる訳にはいけないから本当に小さな声での会話だ。風莉のまんまるの瞳に炎磋が映る。初めて見る折れ耳の子猫はとても可愛らしい。

「可愛いな・・・」

小さく呟いた炎磋に風莉が顔を近づける。あんまりにも小さい声で聞こえなかったからだ。そんな風莉に炎磋はにま、と笑むとゆっくりと顔を近づけて。

「よし、帰ったから出てきていいぞ、二人とも」

緑夜の声と一緒に李織の手がクッションをわらわらとどけてくれた。逃げ切った炎磋はううんと伸びつつ身体を起こし、風莉はぴき、と固まったまま飴色の瞳を見開いていた。









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