フルムーン・シフォン1


結局、緑夜の休憩時間がとっても長くなってしまった。流石に隣国の皇太子がぼこぼこになっているのに執務には戻れず、うきうきしながら自ら炎磋の治療を買って出たからだ。

「いてー!お前!消毒液を擦り込むな!」
「ん?ああ、これは消毒液か」
「ぜってーわざと間違えてるだろ」
「気のせいだ♪」

仮にも炎磋は隣国、寿八国の皇太子で偉い人だ。そんな人がぼこぼこになったから大事にはできないのだと緑夜自ら治療を買って出たのだが、何だか大事にしたくないのではなく、炎磋をまだ虐めたいみたいだ。

この部屋は床に直接座る部屋だから、あちこちに緑夜の散らかした包帯やら絆創膏やら薬やらが散らかっている。明らかに治療と言うよりは傷に塩を塗り込んでいる気がする。助けてあげたいけれど、風莉は風莉でがっちりと李織に掴まっているので何も言えない。ちなみに、炎磋はぼこぼこだけれども、李織は無傷で流石だ。

「風莉、お前のことは良く分かっているつもりだ。だが敢え言おう、どんなに興味があってもあれは駄目だ」
「・・・だめ?」
「駄目だ」

そう。最初は風莉が治療すると言ったのだけれども、視線が炎磋の耳と尻尾に釘付けだったから李織に捕獲されてしまったのだ。あの赤くて最高の触り心地を約束してくれそうな耳と尻尾。どうしても触りたい、もふもふしたい、尻尾にくるまりたい!まんまるの飴色の瞳がきらきらと輝いている。

「いいか風莉。時には我慢も必要だ。耳が触りたいのなら私でも陛下でも瑠璃でも触ればいい。尻尾にくるまりたいなら母さんに頼めばいいだろう」
「それも魅力だけど、でも・・・」
「駄目だ。あんな危険人物には近づけん」

ちょっと手を伸ばせば触れるのに、と思うと残念でならない。しょんぼりする風莉に未だ痛い治療中の炎磋が顰めっ面で李織を睨んできた。

「さっきから隣国の皇太子に随分な態度じゃねーか李織・・・・分かった分かった俺が悪かったから剣は抜くな!」
「炎磋動くな、包帯がずれる」
「元々ずれてるじゃねーか」

騒ぎながらも緑夜と炎磋は仲が良い。隣国とはこの大陸を二つに分ける仲の良い国でここ数百年争いはない。何より二人は幼馴染みとして何度も顔を合わせているから多少の年齢差はあっても気やすい仲なのだ。
でも、緑夜が治療しようとすればする程、部屋が散らかっていく。しばらくは緑夜が炎磋を虐めつつ治療していたものの、あれは虐めながら治療しているのではなく、素で治療しているのだと言う事に気付いた李織が溜息混じりに緑夜から包帯を奪った。李織が離れたからと風莉も四つん這いのままじりじりと炎磋に近づく。

「こら風莉。お前はダメ」

でも緑夜に掴まってしまった。残念。緑夜に抱きしめられながらばたばたする風莉を見ながら炎磋が笑う。

「可愛いなー」

にこっと炎磋が笑う。とっても良い笑顔で、なぜだか風莉の心がきゅーんと鳴いた。これは、嬉しい気持ちだ。
だから、風莉もにぱっと笑い返した。そうしたら李織と緑夜に睨まれてしまう。

「ちょっとくらいいいじゃねーか」
「弟と仲良くして下さるのは嬉しいのですが、余計な事をしたら」
「もーしねぇよ」

緑夜がちぐはぐに巻いた包帯も李織の手によってきちっと巻かれていく。李織は何でもできる人だ。

「はい、これでよろしいですよ」
「さんきゅ。って元はお前だろうが」
「当然の報いです」

さらりと言い切る李織に炎磋は何も言えない。流石に悪いとは思っているのだが、風莉が可愛いのも事実だ。
じいっと飴色の瞳を輝かせて炎磋を見ている風莉にまた笑いかける。あの折れ耳も可愛いがまんまるの瞳も可愛い。ちょっとほけっとしている所もまた可愛い。

「いいなあ、持って帰りたいなあ」

思わず心の声が漏れてしまった。途端に李織の雰囲気が鋭くなり剣の引き抜かれる音がするが、そうそう何度もやられる炎磋ではない。これでも寿八国では上から数えた方が早い程には強いのだ。

「いいだろーが!俺の本音だ!持って帰りたいんだよ!可愛いだろ!?」
「可愛いのは認めますが持ち帰りは厳禁です!」
「がー!俺の言う事が聞けねぇのか!」
「聞けません!風莉!帰るぞ!」

また喧嘩がはじまって、けれど今度は李織の動きが素早かった。風莉が構える暇もなく、あっと言う間に抱えられて部屋を出てしまったのだ。それも、抱っこではなく、余程急いで離れたかったのか、後ろ向きのまま小脇に抱えられてしまった。

「えー。俺まだ炎磋とお話したかったのにー」

抱えられながら呟けば、炎磋が手を振ってくれた。
ばいばいまたね。手を振り替えしたら緑夜が炎磋の頭を殴っているのが見えてしまった。








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