フルムーン・シフォン1


宮殿は楽しい。ふりふりと機嫌良く尻尾を振りながら風莉は堂々と宮殿の中を歩いていた。
もう何度も脱走と冒険を繰り返しているから宮殿の中の人達も風莉に挨拶をしてくれて、風莉も機嫌良く笑顔を振りまく。
風莉の折れ耳はここでも有名で、あの折れ具合がタマラナイ!と表と裏で言われているから人気バツグンだ。

それに、この宮殿には風莉のお友達がいる。前に冒険していた時に出会ったちょっと、かなり大きなお友達だ。
教えてもらった道順を間違いなく歩いていって、辿り着いたのは宮殿でも最も奧にある居住区。の、さらに一番奥。小さな風莉がううんと見上げる大きな門がある。お城の色で綺麗な彫刻のある門は普通ならばお城で働く人も入ることの出来ない門だ。

「こんにちはー!」

大きな声で挨拶すれば門の前に立っている騎士の人が風莉を見下ろしてにぱっと笑う。騎士の人は犬が多くて身体が大きい。見上げすぎると首が痛くなる。

「お、良く来たな、風莉。顔パスだから行って良いぞ」
「ありがと、おにーさん」

普通はこの門を通るのに何十もの書類審査とか検査とかあるのだが、風莉は顔パスだ。それは大きなお友達のおかげ。
大きな門を風莉サイズにだけ開けてもらって中に滑り込む。いつ来てもこの奧は静かだ。大きさは宮殿の中でも一番小さい建物だが、風莉から見ればとても大きい。
中も複雑だが、どうしてだか何でだか、風莉はこんな複雑な道順だけは覚えるのが得意だ。真っ直ぐに迷う事無くこの建物でも一番奥まで辿り着いて白い大きな扉を開いた。
風莉が建物に入った時点で連絡が行っているからノックはなしだ。

「緑夜(りょくや)さーん。遊びに来たよー」

気軽に声をかけながら入った部屋はとても、とても広い部屋だ。そして、豪華だ。
宮殿の色はそのままに、置かれている調度品はこの大陸でも最高級のもの。風莉から見れば大きくて高そうだなーくらいにしか見えないが、間違いなく一級品。
そんな部屋は真ん中辺りがまあるく落ちている造りになっていて、その窪んだ中央にはクッションが山の様に置かれていてとっても居心地の良さそうだ。

その居心地の良さそうな所に一人でれんと埋まっているのが緑夜だ。真っ白い三角の猫耳をぴくりとさせて長く優雅な尻尾を一振りする。

「おー、良く来たなチビ。こっち来い。思う存分撫でてやる」

怠そうながらも嬉しそうな声で風莉を尻尾で招く。
偉そうな空気を醸し出す緑夜は腰まで伸びた長い茶色の髪に左右色の違う瞳を持つ、二十代前半でこの国の国王になった、一番偉い人だ。
それは国王であり、通常であれば陛下と呼ばなければいけないのだが、風莉は未だに緑夜が国王だとは分かっていない。一応陛下と呼ばれる立場の人だとは分かっているのだが、何せ遊びに来る度に暇そうに怠そうにしながらクッションに埋まっているので、陛下だと分かっていても、良く分からない。
だって風莉の小さな脳みそにある国王とはもっと年上で偉くて立派な人だと、そんな当たり前の思いこみがあるから。

「おら、早く来い」

オマケに口まで悪い王様だ。最初に出会ったのは宮殿で本当に迷子になっていた時。その時から緑夜は既にこうだった。
周りの人達は陛下と呼んでいたけれど、風莉の脳みそにある陛下とはあまりにも違うし、何より緑夜自身が名前で呼べと言うから未だに名前のまま呼んでいる。

「今日も暇そうだね、緑夜さん」

広い部屋をつっきって中央の、緑夜が埋まっているクッションの池に歩いていく。クッションはどれもこれもが最高級品でとっても触り心地が良く、ふかふかだ。そんなクッションを押しのけて緑夜の所に行くのは少々大変だ。

「俺が暇なら国は安泰だからな」

それは違うと思う。きっと風莉以外の人がいれば即座に突っ込んでくれただろうけれど、残念ながら今この部屋にはそんな頭の良い人はいなかった。
うんしょ、うんしょとクッションを掻き分けて緑夜の所に辿り着けば待ってましたとばかりに抱き付かれた。緑夜は細身だが結構大きいし力も強い。

「この耳!この折れ具合!今日も絶好調だな、風莉」
「あんまり弄っちゃヤだよ、伸ばしちゃヤだよ」
「そう固い事を言うな。オレの尻尾触らせてやる」
「緑夜さんの尻尾はふかふかで楽しいけど、でも、俺の耳そんなに広げないで!」
「広がってるのが当たり前なのになぁ」
「俺のは広げないのが当たり前なのー!」

一度掴まってしまえばもう離れられない。あっと言う間に寝転がっていた緑夜は風莉を抱えたまま起き上がってお膝抱っこだ。
年齢と比べても小さい風莉は緑夜には丁度良いサイズで、折れ耳を堪能し放題。こうなるとなかなか離してもらえないと分かっている風莉は諦め気味に、それでも人の尻尾はなかなか触る事が出来ないから緑夜のすらっと伸びた、ふかふかの尻尾を弄ってみる。

楽しい。

猫もそうだが、耳と尻尾に特徴のある種類にとって、耳と尻尾は弱点だ。なかなか他人には触らせない。(これが羽根だったら羽根になる)風莉の折れ耳は皆が一度でいいからふにふにしたいと思っているし、その折れ耳を広げてみたいと心の底から思っている。が、それをしてしまっては失礼なので、よほど風莉に好意を抱いて深い関係にでもならない限り、弱点は触らせない。緑夜は深い関係ではなく、好奇心が突き抜けただけだが。

「そう言えばお菓子持ってきたよ。緑夜さん食べる?」

「食う。お前の持ってくる菓子は旨いからな」









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