feeling heart to you
47/エピローグ、それから




薄い色の空。薄い雲。
見渡す限りビルと家しかない、見慣れた都会の風景。

大きな窓から見下ろして僕は窓に手をあてて下を見ながら冷たいガラスに額を押し当てた。

「れーん。なーにやってるんだ。冷えるぞ」

後ろから一留が来て僕を窓から引きはがす。

「寒くないよ。ちょっと、だけ見てたの」
「なぁにがちょっとだけ、だ。風引くからもうだーめ。風呂入るぞ」
「ん。分かった」

一留を見上げて笑みを浮かべれば、一留も青い色の瞳を細めて、僕のおでこにちゅって唇を落としてくる。



ここは一留のマンション。
海外で活動してた一留だったけれど、元々は日本に住んでいて、このマンションは元から一留の物。そこに僕は居候させてもらっている。
ここの場所は都内の駅の近く。20階建ての12階。
窓が大きくて部屋も広くて僕は未だに広さになれなくてソファの隅っこが一番落ち着く場所になっている。




あれから。
あの小さな宿で過ごした日々からもう季節が一つ巡った。

沢山の事を経験したあの街を思い出すと今でも暖かい何かが心に湧き出るけど、今の生活も、とても暖かくて穏やかで、こんなに幸せで良いのかなって毎日考えてしまう。




宿で過ごした日々が終わったのは、僕が録画をしてから割と直ぐの事だった。
あらかじめ手配をしてあったんだろう。
僕は訳も分からず一留に手を引かれて、宿を出てまっすぐこのマンションに来た。

驚く事にマンションの前には峯川さんが居て、僕の荷物を届けてくれてた。
それから、僕に関するあれこれの説明を受けて、一留の所に居候させてもらう事になった。と言うか、なっていた。

僕には兄弟も居ないし、親戚とも数える位にしか会った事が無い。
父さんと母さんは今、裁判の途中で家には居ない。
元々の僕の家は・・・もう無い。罪を償う為に既に売りに出されていた。
行き場のない僕は、本来ならば親戚の誰かに預けられる予定だったと峯川さんが言っていたんだけど、そんな所に預けるのなら一留の所に、って苦い笑みを浮かべてた。

どうやら僕と一留の関係は恋人同士だと言う事で、実は僕は今一つ一留との関係を分かっていなくて、峯川さんにそう言われた時は本当に驚いたんだけど、驚いた僕に一留はお腹を抱えて大爆笑するし、峯川さんは複雑は顔で言わない方が良かったかもしれないって肩を落としてた。



ともかく、僕は一留のマンションに居候させて貰って、今までの、あの宿で過ごした生活とあまり違わない毎日を送ってる。

一留も僕も、まだまだ前みたいな生活をするには時間が掛かる。
一留は背中の傷。僕は一度失った声。
一留の傷は、やっぱりまだ完治していなくて、その所為で友達が一留の行方を捜していたんだ。
何もかもイヤになって逃げたんだと、此処に来てから苦しそうに話してくれた一留。
・・・僕と一緒だったんだって、傷を抱えて逃げたのは僕も一緒で。

宿では話さなかった一留の事を沢山話した。
傷の事、仕事の事、これからの事。
僕の話ばっかりだった宿での生活と違って、マンションへ移ってからは一留の話を沢山した。
一留も沢山の苦しみと悩みを抱えていて、何度か涙を零しながら、それでも話してくれた事が、嬉しかった。



僕と一留の生活はリハビリを中心としている。
紹介してもらった小さな病院は何でも出来るんだと豪快に笑う、そのくせ、何処かで見た様な格好良い先生が居て、僕も一留もその先生に気に入られたみたいで、ただリハビリをするだけじゃなくて、週に何度かはただ話をする為だけに病院に通ってる。

僕はまだ歌う事は出来ないけれど、いつかは完全に声を取り戻して、歌う事が出来たらいいなって思える様になっている。
声を失うくらい嫌だと思っていた気持ちはまだ僕の心の奥底に傷を残しているけれど、いつか、歌うことが出来たらって思う気持ちの方が今は強い。
いつか、一留の為に歌う事が出来たらって。

僕の声はまだまだ元通りにはなっていない。
未だにつっかえながらでしか話すことが出来ないでいる。
一度失った物はとても大きい物だったんだって、今更実感しながら毎日声を出す練習をしてる。
こんな事じゃ歌を歌える様になるのはまだまだ先かなって思うけど、もう二度といらないって思った声が戻っただけでも嬉しいから、僕は飽きる事無く練習を繰り返す。



一留はまたモデルに復帰するらしい。
今はまだリハビリをしている最中だけど、失った筋肉を取り戻したらまた復帰するって言っていた。
でも今度は外国には行かずに国内で活動するみたい。
もうこりごりだって言いながらも一留の瞳は僕を真っ直ぐに見てる。
きっと、僕の為に国内にいる事にしたんだろうなって思う。
その気持ちが嬉しい反面、申し訳ないっても思ってしまう。
けれどそんな僕の気持ちは一留にまるわかりだったみたいで、一留は微笑みながらモデルの仕事は世界の何処でも同じレベルで出来るんだって言ってくれた。
それがどういう意味なのか分からなかったけれど、今はただ一留のことばに甘えて、一留のモデル姿を早く見たいって思ってる。

実は一留の仕事に背中の傷はあまり関係無いそうで、洋服を着てる事が多いから本当は心のあり方次第なんだって言っていた。

心の在り方次第。きっと、それが一番難しいのかもしれない。
僕だって心の在り方に負けたから声を失ったのだから。

でももう、二度とあんな事はしない。
そう誓えるだけの強さを、今の僕は身につける事が出来て、毎日飽きることなくリハビリを続けている。






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