feeling heart to you
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収録が終わった。
言いたい事を話し終えた僕は疲れてぐったりと背もたれに体重を掛ける。
そんなに沢山の時間を喋ったんじゃないのに、とても疲れてる。 

録音が終わったからもう辺りが賑やかになってくるのに、何故かスタジオはしんと静まり返っていて誰も何も話さない。
どうしたんだろうって顔を上げると峯川さんが駆け寄ってきて、僕の前に膝をつくと両手で僕の手を取った。僕の手を握った峯川さんの両手が震えてる。

「峯川、さ・・・ん?」

どうしたの?何で震えてるの?
聞こうと思った僕に綾宏さんが近寄ってきて、微笑みながら僕の頭を撫でてくれた。
それから峯川さんの肩をぽんぽんって叩く。

「帰ろう、ね?」

ふんわりと微笑む綾宏さんに顔を上げた峯川さんも頷く。
けれど、どうしてだか峯川さんは僕に背中を向けていて、僕からは峯川さんの顔が見えなかった。



また、車に乗って宿に帰る。
車の中はずっと無言だった。
峯川さんも綾宏さんも何も話さない。
僕も特に話す事はないからずっと無言で、ただ窓から流れる景色だけを見てた。

ビルの群れから次第に緑が多くなる。
高速道路から見える景色が徐々に変わっていって、ぼんやりと流れる緑を見ていたら海が見えた。

お日様に輝く海。
真っ青な色を見て宿に近くなったんだろうって分かる。

早く帰りたい。早く帰って、一留に会いたい。

ほんの少ししか離れていなかったのに、とても懐かしく感じてしまう小さな、寂れた町並みと小さな宿。
止まることの無かった車は案外早く街に入って、僕は身を乗り出して街を見る。

誰も歩いていない寂れた街。
開店休業中のお店。旅館。見慣れた風景。
街中に入った車はスピードを落として、それでも狭い街だから直ぐに宿が見えた。

見えてきた宿の入り口に一留と颯也さんの姿を発見して僕は身を乗り出す。
2人とも白い浴衣姿で僕を発見したのか、大きく手を振ってくれてる。
僕も窓を開けて手を振ると、危ないからって綾宏さんに止められた。

もうすぐ先に一留が居る。
たった半日しか離れていなかったのに、どうしようもなく懐かしい感じがして、車が止まった瞬間、僕は車から飛び出す。
一留が両手を広げて笑ってる。

「一留っ」

思い切り抱きつく僕に一留はけらけらと笑いながら、ぎゅうっと抱きしめてくれる。

「おかえり。錬」

ぎゅうって一留のお腹を抱きしめて、鼻先を浴衣に押しつける。

「た、だいま」

一留の温度。一留の匂い。すごく、安心する。

ぎゅうぎゅうと抱きついて一留を感じたら、今までの疲れとか緊張とかが一気に押し寄せてきて、僕の瞳は勝手に涙を作る。
ぐりぐりと鼻先を一留に浴衣に押しつけも、勝手に震える身体を押さえられない。

「泣くなって。帰ってきたんだろ?」
「うん、ちゃ、と、かえって・・・っ」

帰ってきたよ。
ちゃんと、一留の側に帰ってこられたんだよ。
そう思うだけでどうしても涙が止まらない。
一留の笑い声が頭の上から降ってきて、優しい手がゆっくりと背中を撫でてくれる。

「感動の再会だなぁ」
「可愛いねー」

颯也さんと綾宏さんの声が聞こえる。
一緒に笑い声も。

「こーら。いつまでも泣かないの。ほら、顔上げて」

一留に促されてぐちゃぐちゃの顔を上げる。
浴衣の裾で涙を拭ってくれて、目尻に唇が落ちてくる。

「ごめ・・・ね?」

何でこんなに僕は弱いんだろう。
一留を見上げながら自己嫌悪に陥りそうな僕に、けれど一留は微笑みながら泣いてもいいんだよって言ってくれる。

「でも・・・」

いくら何でも泣きすぎなんじゃないかって思う。
本当に、一留の前では何回泣いてしまった分からなくて、恥ずかしい。

「錬君」

一留の腕の中でもぞもぞしてる僕に峯川さんが後ろから声を掛けてきた。

「私は帰りますね。お疲れさまでした。後の事は任せてください。後で連絡を入れますね」

何だか峯川さんの表情が前と違う。
何だろう、何処かすっきりした顔で笑みを浮かべて、僕が口を開く前に一礼して、さっさと車に乗っちゃう。

「あ、峯川さ、ん」

慌てる僕に峯川さんは車の中から微笑んで、そのまま静かに去ってしまった。

「あ・・・」

何も言えなかった。
ただ過ぎ去っていく車を眺めてしまう。

「話なんて、後で何時でも出来るだろ?」

どうしようと落ち込む僕に、一留が肩をぽんて叩いてくれた。






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