feeling heart to you
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僕は1人、スタジオに立つ。
随分久しぶりに入る独特の空気。

僕はスポットライトの下、フォーマルな衣装で椅子に座る。
カメラに視線を合わせる。
旨く言い切る自信は無いけど、僕が言わなきゃいけない事、言いたいことをカメラを見つめながら考えて、ゆっくりと僕はカメラに向かって話しかけた。





皆さん。お久しぶりです。津堂錬です。
随分と長い間、皆さんの前から消えてしまった様に感じています。

もうお分かりでしょうが、今の僕は声を出すことすら容易ではありません。

僕は声を失っていました。
そして、歌を失っていました。

生まれた頃から、と言うのは少々大げさですけど、僕は本当に小さい頃から歌を歌うのが好きでした。
ずっと、歌を歌っていたかった。でも、今の僕には歌を歌う事がとても苦痛で、歌を歌えないのならば声を無くしてしまおうと勝手に思い込んで、僕は声を失いました。

専門的な言葉は良く分からないけれど、僕はほんの数日前まで全く喋る事が出来ませんでした。
今でもまだゆっくりじゃないと、喋れません。
ひょっとしたら途中で声が出なくなってしまうかもしれまん。
けれど、皆さんの前に出て、どうしても伝えたい事があるから、僕は今此所に居ます。

この度は、父と母が、逮捕されると言う事になってしまい、本音で言ってしまえば、僕は今、とても戸惑っています。
恐らく皆さんは僕に沢山聞きたい事があるのでは無いかと思います。
今、一つ一つに答える事が出来る程、僕の気持は整理されていません。
喋りづらいと言うだけでは無くて、本来の僕でも同じ事だと思います。どうしてこんな事になってしまったのか、何を間違ってしまったのか、情けない事ですが、僕には分からないのです。

けれど、父も母も初めから罪を犯そうとしておかした訳では無いと思います。
そう、思いたいです。

今の僕には何も出来る事がありません。
こんな事を言っては酷い奴だと思われてしまうでしょうが、僕はつい先日まで何もしらなくて、父さんと母さんの事を知ったのも人に教えてもらったから、なんて、息子として情けない限りでしか知る事が出来ませんでした。
そうして、何も知らない僕はどうしてこんな事になってしまったのかと、ただただ混乱するばかりです。
どうか、この件に関して僕に質問をしたいと言う皆様。もう暫く時間を貰えないでしょうか?
僕自身も気持を整理したいと思っていますし、何より知りたいと思っています。
何も知らない無知な僕に、暫くの時間を下さい。
何も知ろうとしなかった愚かな僕に暫くの猶予を下さい。どうか、お願いします。



ええと、話は少し戻りますが、僕の声と、歌に戻しても良いですか?

歌を歌うのが好きです。
僕には歌を歌う事以外に何もありませんでした。
今は歌えないけれど、ずっと、ずっと僕は歌を歌ってきました。

声を失っている間、僕にはとても大切な人が出来ました。
声を失うと言う事は僕にとって全てを失う事でした。
今ではそう思いませんが、それでも失しなった時はそう思い込んでいました。

そんな時、何も出来ない僕をとても暖かく見守ってくれた人が居ました。
その人の詳細は勘弁して下さい。と言うより僕も詳しくは知らないんです。
ただ、何時でも僕の側に居てくれて、暖かく接してくれて、誰よりも優しく微笑んでくれました。
何をするでも無かったけれど、こうやって喋る事が出来るまでになったのは全てその人のおかげです。

その人に出会って、僕はいろいろな事を、たくさん、知りました。
大切な事を、たくさん、たくさん、知りました。
今までの僕がどんなに無知で何も知らなかったかと言うのを思い知りました。
何も出来ず、何もしようともせず、今までの僕はただの人形だったのかもしれません。
その人に出会って初めて、僕はそう思えました。

いろいろな事を知りました。
人と言う事。人に触れると言う事。関わると言う事。
今までの僕は本当にどうしようもない奴で、何も知らなかったのだと、今、ようやく実感している状態です。

これからも、沢山学ばなければいけない事があります。
学びたいと思う事もあります。
今はまだ何も出来ません。歌う事も出来ません。

何も出来ない僕ですが、沢山勉強して、学びたいです。


そして、もしもまた、僕が歌を取り戻す事が出来たのならば、歌を歌いたいと思っています。今はまだ無理だけど、歌を、歌いたいと思う気持ちがあります。

僕にたくさんの事を教えてくれた大切な人に、もし許されるのであれば、この会見を見て下さっている皆さんに。
歌を、捧げたいです。

今までの僕は本当に何も知ろうとしていなくて、何も見えていなくて、声を失って、歌を失しなって初めて周りが見えて、今まで、どんなに皆さんに支えてもらったのかを思い知りました。
許されるのであれば、もう一度、歌を歌いたいと思います。

僕の歌を聴いてくれますか?上手では無いけれど、聴いてくれますか?
きっと、どんなに頑張っても歌が旨いと言われている皆さんより僕は下手くそです。
それでも、僕の歌を聴いて、欲しいです。

大切な人に、そして、皆さんに。
近い未来か、遠い将来かはまだ分かりませんが、僕の歌を聴いて、ほしいと思っています。





沢山の時間を裂いて下さってありがとうございました。
今の僕はこんな事しか喋れませんけれど、今の僕の気持です。
分かって下さいとも、理解して欲しいとも言えません。ただ、聴いて貰えるただけ十分です。
今回の事でご迷惑をかけてしまった皆様、申し訳ありませんでした。
そうして、僕の言葉を聞いて下さった皆様、本当に、ほんとうに、ありがとうございました。






呼吸を止めて、僕はお辞儀をする。
顔を上げて、カメラに向かって微笑もうとしたら、どうしてだか、一粒だけ、涙がころりと落ちてスタジオのライトに反射した。






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