feeling heart to you |
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いつもと同じなのに、いつもと違うお風呂。 はしゃぎながら、笑いながら入るお風呂なのに、どうしても僕は笑えなくて、ずっと一留にひっついてた。だって、もう一留と離れなくちゃいけないから。そう思うだけで自然と涙が浮かびそうになって。 「そんな顔すんなって。ちゃんと戻ってくるんだろ?」 「う、ん」 そう。僕は戻ってくる。 僕が眠っている間に峯川さんと一留で話し合いがあったらしく、僕は今日だけ、記者会見の時間だけ、この宿から離れる事になってた。 そんな事すら僕は確認してなくて、記者会見の後どうするんだろうって1人で不安がってた。 ちゃんと戻ってこれる。 そう一留が言ってくれてとても嬉しかった。 けど、離れるのは事実だし、戻る場所が場所だから、情けない僕はどうしても不安になってしまう。 「大丈夫だよ。宿で待ってるからちゃんと帰っておいで」 「・・・ん」 返事する声も小さくなっちゃう。 お風呂に浸かりながら一留の肩に頭を乗せて、一留の腕を掴む。 「もし戻って来なかったら、速攻迎えに行くから」 「・・・・うん。迎えに、来て、ね」 我ながら情けないと思う。 ちょっとだけ離れるだけなのに、離れるのがとても嫌だなんて。 一度は一留から逃げたのに。 「錬。好きだよ・・・愛してる」 そんな僕に一留は身体の向きを変えて、僕の頬に両手を添えてキスをしてくれた。 柔らかいキスにちょっとだけ不安の取れた僕は、それでもなかなか一留から離れがたくて、ずっと、宿を出るまで一留にひっついてみんなを苦笑させてた。 そうして、出発の時間が来る。 宿の前。 みんなの見送りを受けながら、一留の袖を掴んでる僕に一留が頭の天辺にキスを落とす。 「行ってらっしゃい。言いたい事言ってくるんだぞ」 「ん・・・行って、きます」 やっぱり離れがたい。 けどもう行かなくちゃいけない。 僕はしぶしぶ一留から離れて峯川さんの車に乗る。 「気を付けてな。何かあったら遠慮無く綾宏を使うんだぞ」 「じゃ、行って来るね、後よろしく」 綾宏さんは僕のお供だって言って僕の後に車に乗り込んできた。 僕は窓から一留を見る。 「ほーら、何時までもそんな顔しないの。帰ってきたら一緒に海に行こうな」 そんな僕に一留は呆れる事無く優しい微笑みを浮かべてくれて、こつん、と僕が見てる窓ガラスを叩いた。 「では出発しますね。大丈夫ですよ、終わったらすぐに此処に戻りますから」 あんまりにもぐずぐずしてる僕に峯川さんが笑いながらゆっくり車を走らせた。 「記者会見ですが、今の錬君に会見はあまりにも無謀なので録画形式にしました」 真面目な顔の峯川さんが記者会見を説明してくれる。 「錬君の言葉を録音して各方面に流します」 鏡の前。 懐かしいとさえ思えるメイクを受けながら僕は峯川さんの説明をじっと聞く。 狭い控え室にいるのは僕と峯川さん、それと部屋の隅で僕らの邪魔にならない様に居てくれる綾宏さんと、メイクをしてくれてる始めて見る女の人。 会見じゃなくて録画。 今の僕の状態を考えてくれたんだろうと容易に分かる方法だ。 「会見じゃ、なくて大丈夫な、の?」 「大丈夫です。要するに錬君の言葉が流れれば後は勝手に周りが推測してくれます。それで、原稿なんですが」 録画と言う事は僕はカメラを見て喋るだけ。 もちろん会見でも録画でも原稿があって当たり前だ。僕の言葉が日本中に流れるんだから。 でも。 「あのね、原稿、読まな、きゃ、駄目かな?」 「錬君?」 手際よく髪の毛を弄る女の人の指先を感じながら僕はずっと考えていた事を峯川さんに話す。 こういう場合、原稿があって当たり前だけど、僕はどうしても自分の言葉を話したいんだ。 今の僕に話せる事なんてたいした事じゃないけれど、原稿じゃない、僕の言葉で話したい。 「それは・・・一度録画チェックが入ってしまうかもしれませんが」 「それでも、いいよ」 それでもいいんだ。 僕の言葉を話したいから。 我が儘だって分かってるけど、どうしても、今の僕の言葉を話したいから。 「・・・分かりました。原稿は止めましょう。けれど、一応説明は聞いてくださいね。その、御両親の事や社長の事もありますから」 「うん。分かって、る」 ありがとうって峯川さんに微笑みかけると峯川さんも笑ってくれた。 もちろん、この会見、父さんや母さん、社長のことを言わなければいけない事は分かってる。 それも含めて、僕は話したい事があるんだ。 |
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