feeling heart to you
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歩き慣れた小さな街を峯川さんと一緒に歩く。
僕は浴衣と下駄でからんころんって鳴らしながらゆっくり歩く。
峯川さんは僕の隣で黙ってる。
僕達の少し離れた後ろ側には一応見張り役って言って綾宏さんが付いてきてくれてる。
一応綾宏さんも浴衣姿に下駄、のハズなんだけど、不思議な事に綾宏さんからは全く足音がしない。
何でだろうってちょっと振り返ってみたら・・・綾宏さんは下駄じゃなくてスニーカーだった。

からんころん。
だから下駄の音は僕が出している音だけ。
やっと旨く歩ける様になった下駄の音を聞きながら何処にいけばいいかなって考えていると峯川さんが立ち止まって海を見た。

道路から見える海はいつも一留といっしょに行く砂浜。

「海なんて・・・久しぶりに見ました。綺麗ですね」

眩しそうに目を細めて海を眺める峯川さんは何処か辛そうな表情で、海から僕に視線を移すとうっすらと笑みを浮かべた。

「ここは、良い所ですね」

そうして僕に手を出して、僕の手を握ると勝手に歩き始める。

「峯川さん?」

何だか峯川さんの様子が変で首を傾げる僕に峯川さんは僕を見ないで先に進む。
早い足取りではないけれど、何も言ってくれなくて不安になる。

「どこ、行くの?」

峯川さんはこの街を知らないはず。何処に行くと言うのだろう。
首を傾げたまま峯川さんに手を引かれて歩く僕は視界の先に足湯の広場を見つけて峯川さんを引き留める。

「峯川さん、あそ、こ・・・足湯、あるよ」

すっかりお馴染みの足湯広場。って勝手に僕が言ってる所に峯川さんの手を引いて入る。
峯川さんも何も言わずに付いてきてくれた。

足湯広場は相変わらず人気が無い寂しい所だけど、静かだし足の先だけお湯に浸かるのは気持ちが良いんだ。

「初めてですよ。足湯なんて」
「気持ち良い、よ?」

ちょっと照れくさそうに靴と靴下を脱いだ峯川さんは長椅子に腰掛けた。
僕もその隣に下駄を脱いで腰掛ける。
ちゃぷんと足を温泉に浸けると気持ち良い。

「・・・申し訳ありませんでした」

突然、峯川さんが僕に向かって頭を下げる。

「錬君が辛い思いをしているとは分かっていたんです、本当は。けれど私は仕事に追われて何も出来なくて・・・その結果が・・・あんな事になってしまって・・・」

声が詰まる。
峯川さんは確かに忙しい人だ。
僕のマネージャーの他にもいろいろと仕事を抱えているみたいで、時には僕よりも忙しそうだった事を思い出す。

「峯川さんは悪く、ないよ」

だって、あれは僕が勝手に思いこんだ事だから。

「いいえ、悪いんですよ。私は結局、錬君が苦しんでる時に何も出来なかった・・・そればかりじゃない。苦しんでいる君をたった1人でこの街へ・・・捨ててしまったんですから」

苦しそうな声。
眉間に皺を寄せる峯川さんはぐっと手を握りしめて膝の上で震えさせてる。

・・・はっきりと、言葉で捨てられたって言われると、やっぱり悲しい。
けれど。

「そんな事、ない。僕、ここに来て、良かったよ。きっと、ね、ここに来なかったら、僕は、何も知らないまま、1人で、泣いてただけだったよ?」

峯川さんの拳に手を乗せて、顔を覗き込んで一生懸命微笑む。
本当に、この街に来なかったら僕は僕では居られなかった。
悲しくて、辛くて、たった1人、どうしようもなくて、自分勝手に思いこんで、何をしでかしたかなんて分からないんだから。

一留に出会えただけじゃない。
この街の、沢山の人達に出会えたから、僕は今笑う事が出来るんだ。
僕は重ねて、声を出す。

「僕ね、記者会見、するよ?」

ちゃんと出来るかどうかは分からないけれど、でも、僕は僕の出来る事をする。
僕が喋る事で何か変わる訳でもなければ、何も変わらないんだろうけれど。
今の僕にはそんな事くらいしかできないから。

「錬君・・・」
「沢山喋るのは難しいけど、ちゃんと、話すよ」
「・・・すみません。錬君に全ての責任を負わせる様な形になってしまって・・・」
「ううん。違う、よ。僕が出来る事、なんて・・・ちょっとしか、無いよ」
「錬君・・・・本当に、この街に来て良かったですね」

本当に良かったよ。
一留に出会えて街の人に出会えて沢山楽しかったんだよ。

僕の笑顔は自然とそんな事を語っていたんだろう。
峯川さんの表情が少しだけ崩れて、何だか難しい顔をしてた。
例えるならば、泣き出す寸前の、苦しい顔。

でも峯川さんは結局表情を変える事無く静かに、ただ静かに僕を見つめて、一度だけ、頭を撫でてくれた。






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