feeling heart to you
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ふいに目が覚めた。
僕は一留の腕の中。すっぽり入ってぬくぬくしてる。

鼻先に少しだけ匂う一留の匂いにすごく安心して、幸せな気持ちになる。
何で僕はこんな幸せから逃げようと思ってしまったのか、もう分からなくなって、何も、考える事が出来ない。このままずっと一留の腕の中で眠りたい。
頭の片隅では駄目だって言ってるのに、それなのに僕は一留の腕の中から出る事が出来ない。

駄目なのに、これ以上一留に迷惑かけじゃ駄目なのに。
だんだん目が覚めて来てそう思うのに、どうしても僕は一留から離れられない。

どうしよう?まだ一留は寝てる。

きっとすごく疲れてるんだろうと思う。だから寝かせてあげたい。
でも、僕の目はもう覚めちゃってもぞもぞと動きだそうとして・・・・るんだけど、身体が動かない。
それどころか、身体中が痛くて・・・その・・・あらぬ所が一番痛くて・・・。

ど、どうしよう。動くのが辛い。
焦る僕はしばらく1人でばたばたしてたんだけど、ふいに気づいて閉まってるはずの襖が空いた事に気づいた。

あれ?おばさんかなって思ってそっと起き上がってみたら、襖の奥から知らない男の人がじっと僕と一留を見てる。

「だ、れ・・・?」

恐い。誰だか分からない。

この旅館には僕と一留とおじさんおばさんしか居ないのにって思って恐る恐る声をかけてみたら、何と、襖の後ろの男の人がにんまりって笑った。
余計に恐いんだけど、男の人はすごく楽しそうに、でも、意地悪そうに笑ってするすると開けた襖からようやく顔全部を出した。

あ、格好良い。
僕は自分で言うのも何なんだけど、格好良いって人を沢山知ってるし見てる。
だから僕が格好良いって思う男の人はそんなに居ない。
一留を初めて見た時もびっくりする程格好良いなぁって思ったけど、この人もびっくりするくらいに格好良い人。

でも、印象が一留とは全然違う。
一留は細身なのにしっかりしてる、真っすぐな筋の通った、こんな事言っちゃ怒られるんだろうけど、性別を疑う格好良さと綺麗さがある。

だけど、この人は男らしい、骨太の格好良さ。
もちろん、綺麗って言うのもあるんだけど、どちらかと言えば格好良いってのが当てはまる。

そんな男の人を見てるうちに、僕はその人を知っているという事を思い出した。
この人は、つい数年前までとても有名だった人。
芸能界と言われる情報の速い世界に居た僕は何度もこの人の噂を聞いた事がある。
とても格好良くて、綺麗な、モデルさん。
たしか、名前は、澤里颯也(さわさと そうや)さん。
モデルで、ずっと有名で日本中を騒がせていたのに、ある日突然引退して姿を消してしまった人。

じぃっと、その澤里颯也さんを見つめる僕に、にっこりとした顔のまま、テレビ越しで聞いた事のある低い声が部屋の中に響いた。

「初めまして、だよな。俺は颯也って言って一留の腐れ縁。颯也って呼んでくれ。んで、さっそくで悪りぃんだけどそこの馬鹿叩き起こしてくれないか?ああそれと、出来れば服も来てほしいんだがなぁ、お嬢さん」

その、にまにまな声で僕は我に帰って真っ赤になったと思う。
だって僕も一留も裸で寝てて、一緒のお布団で、その上、この時は気付かなかったけど、僕の身体にはあちこち一留の付けた痕が残ってたんだ。

「ほら、早く起こしてくれ。それとも何か?俺が2人纏めて押し倒しながらやさーしく、起こしてやろうか?」

にまにまにま。
本当に心の底から嬉しそうな顔で躙りよってくる颯也さんの後ろからにょきっと手が出て颯也さんの首根っこを捕まえて止めてくれた。

ま、まだ他にも居るのかなって布団に首まで潜ってどきどきしてたら、今度は優しそうな笑顔の男の人が───こっちの男の人もびっくりするくらいに綺麗───顔を出して、僕を見てにっこりと綺麗な笑みを僕に向けた。

「ごめんね。せっかくの所を邪魔しちゃって。急がないから一留君起こして下に来てね。待ってるから。ほら、邪魔しないの、行くよ、颯也」

その人は本当に優しい笑みを浮かべて、それからずるずると颯也さんを引っ張って消えてしまった。
見かけは一留より細いって思ったのに案外力持ちなんだなぁって変な所で感心してると、僕の腰に一留の腕がぐるりと回されて、抱き寄せられた。

「こーら、勝手に起きるなよ。もうちょい寝てろって」

あっと言う間に一留の腕の中に引きずり込まれる。
暖かい。気持ち良い。だからこのままもう少し眠っていたかったんだけど、さっきのおかしな2人を思い出して髪の毛をすいてくれる一留の手を取った。

「あの、ね。人、がきた、の。そうや・・・って、いって、た」

小さな僕の声をじっと聞いてた一留は、颯也って名前が出た途端にすごく嫌そうに眉間に皺を寄せて僕を抱きしめると大きな溜息を落とした。






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